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HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

『大いなる眠り』註解 第七章(1)

《横長の部屋だった。家の間口全部を使っている。低い天井は梁を見せ、茶色の漆喰壁は、鏤められた中国の刺繡や木目を浮かせた額に入れた中国と日本の版画で飾り立てられていた。低い書棚が並び、その中でならホリネズミが鼻も出さずに一週間過ごせそうなく…

『大いなる眠り』第六章(7)

《私は橋の横についている柵を跨ぎ、フレンチ・ウィンドウの方に身を乗り出した。厚手のカーテンが引かれていたが網戸はついていない。カーテンの合わせ目から中を覗いてみた。壁のランプの明かりと書棚の片隅が見えた。私は橋に戻り、垣根のところまで行く…

『大いなる眠り』第六章(6)

《ドアの前には細い溝があり、家の壁と崖の縁の間に歩道橋のようなものが架かっていた。ポーチも堅い地面もなく、背後に回る道もなかった。裏口は下の小路めいた通りに通じる木製の階段を上ったところにあった。裏口があることは知っていた。階段を踏んで降…

『大いなる眠り』第六章(5)

《私はドアポケットから懐中電灯を取り出すと、坂を下って車を見に行った。パッカードのコンバーティブルで、色はえび茶か、こげ茶色。左側の窓が開いていた。免許証ホルダーを探って、明かりをつけた。登録証は、ウェスト・ハリウッド、アルタ・ブレア・ク…

『大いなる眠り』第六章(4)

《ガイガーは車のライトを点けていた。私は消していた。曲がり角のところで速度を上げて追い越すとき、家の番号を頭に入れた。ブロックの終点まで行って引き返した。彼はすでに車を停めていた。下向きにされた車のライトが小さな家の車庫を照らしていた。四…

『大いなる眠り』第六章(3)

《クーペは大通りを西へ向かった。私は急な左折を強いられて、多くの車を敵に回した。一人の運転手など雨の中に頭を突き出し、私を怒鳴りつけた。やっと追いついたときには、クーペから二ブロックばかり遅れていた。私はガイガーが家に帰ると信じていた。二…

『大いなる眠り』第六章(2)

《また一時間が過ぎた。暗くなり、雨にけぶった店の灯が街路の暗がりに吸い込まれていった。路面電車の鐘が不機嫌な音を響かせた。五時十五分頃、革の胴着を着た長身の若者が、傘を手にガイガーの店から出てきて、クリーム色のクーペを取りに行った。彼が店…

『大いなる眠り』第六章(1)

《雨は排水溝を溢れ、歩道の外れでは膝の高さまではねていた。雨合羽を銃身のように黒光りさせた長身の警官たちが、笑い声をあげる少女たちを抱いて水たまりを渡らせるのを楽しんでいた。雨は激しく車の幌をたたき、バーバンク革の屋根が漏れはじめた。車の…

『大いなる眠り』第五章(2)

《私は財布を開き、裏蓋に留めたバッジがよく見えるように女の机の上に置いた。彼女はそれを見て、眼鏡をはずすと椅子の背にもたれた。私は財布を元に戻した。彼女は知的なユダヤ人らしい洗練された顔をしていた。私をじっと見つめ、何も言わなかった。 私は…

『大いなる眠り』第五章(1)

《大通りに戻った私は、ドラッグストアの電話ブースに入り、アーサー・グウィン・ガイガー氏の住所を探した。彼が住んでいたのはラヴァーン・テラス。ローレル・キャニオン・ブールバードから分かれた丘の中腹にある通りだ。物は試し、5セント硬貨を入れて番…

『大いなる眠り』第4章(7)

<私は立ち上がり、帽子にちょっと触って金髪女に挨拶すると、男の後を追って外に出た。彼は西の方に歩いていた。右の靴の上でステッキが小さく正確な孤を描いてゆれていた。尾行するのは簡単だった。上着はかなり派手で、まるで馬にかける毛布であつらえた…

『大いなる眠り』第4章(6)

<私は椅子のひとつに体を伸ばし、灰皿スタンドの上の丸いニッケル・ライターで煙草に火をつけた。彼女はまだ立っていた。歯で下唇をかんで、なんとなく困ったような目をしていた。ようやく頷くとゆっくり振り返り、コーナーの小さな机の方に歩いて戻った。…

『大いなる眠り』第4章(5)

<「ああ、あの手のものには全く興味がない。おそらく鋼板印画の複製セットだろう。安直な彩色で二束三文の出来。そこいらによくある低俗な品さ。申し訳ないがお断りだね」「わかりました」彼女は自分の顔に微笑を引き戻そうとがんばっていた。苛立ってもい…

『大いなる眠り』第4章(4)

<彼女は実業家たちの昼食会を大騒ぎさせるに十分なセックス・アピールを溢れさせながら私に近寄ると、ほつれた髪に手櫛をいれようと頭をかしげた。ほつれというほどではない。柔らかく輝く髪が巻き毛になっているだけだ。彼女の微笑みはかりそめのものだっ…

『大いなる眠り』第4章(3)

<女はゆっくり身を起こすと上体を左右に揺らすようにして私のほうにやってきた。タイトでどんな光も反射しない黒のドレスを着ていた。長い腿をしていて、およそ本屋では見かけることのないある種特別の歩き方だった。アッシュブロンドの髪に緑の瞳、パイピ…

『大いなる眠り』第4章(2)

<背後でドアが静かにしまり、私は床一面に敷きつめられた厚く青い絨毯の上を歩いていった。青い革の安楽椅子の脇には灰皿スタンドが添えられていた。箔押しされた革装本が数冊、磨き上げられた狭いテーブルの上にブックエンドに挟まれて並んでいた。壁のガ…

『大いなる眠り』第4章(1)

<A・G・ガイガーの店はラス・パルマスに近い大通りの北側に面していた。入口扉は中央の奥まったところに設置され、銅でトリミングされたショーウィンドウがついていた。後ろは中国製の衝立で仕切られているので店の中は見ることができなかった。ウィンド…

『大いなる眠り』第3章

マーロウはリーガン夫人、つまり将軍の上の娘に呼ばれ、部屋を訪れる。その第一印象が語られる。 <部屋は大きすぎ、天井は高すぎ、ドアも高すぎた。部屋中に敷きつめられた白い絨毯はアロウヘッド湖に降った新雪のようだった。等身大の姿見やら、クリスタル…

『大いなる眠り』第2章

マーロウは、執事に導かれて温室に向かう。スターンウッド将軍がそこで待っていた。マーロウは熱帯を思わせる温室の温気に悩まされながら話を聞く。 We went out at the French doors and along a smooth red-flagged path that skirted the far side of the…

『大いなる眠り』第1章

" It was about eleven o’clock in the morning, mid October, with the sun not shining and a look of hard wet rain in the clearness of the foothills.” <十月の半ば、午前十一時頃のこと。日は射さず、開けた山のふもとあたりは激しい雨で濡れている…

第53章

テリー・レノックスはメキシコで整形手術を受けていた。北方系の特徴である高い鼻を削ることまでして全く別人のように見せていたが、眼の色だけは変えられなかった。正体を現したレノックスはすっかりくつろいだ様子で経緯を語り始める。マーロウの推理は当…

第52章

スターの紹介状を持ってマーロウのオフィスを訪ねてきた男は、シスコ・マイオラノスと名乗った。マーロウは、早速レノックスの最期について質問した。そのときの客のなかにアメリカ人は二人いたという。 “ Real Gringos or just transplanted Mexicans? ” 清…

第51章

マーロウは、気になっていることを確かめるために弁護士のエンディコットのオフィスを訪れた。冒頭、マーロウの目が捉えたオフィスの描写が入る。年代物の机に革張りの椅子、法律書と文書が溢れたいかにもやり手の弁護士の事務所といった様子である。 “ the …

第50章

一時間後、二人はまだベッドのなか。裸の腕をのばしてマーロウの耳をくすぐりながらリンダが「結婚しようと思わない?」ときく。よくもって六ヶ月だろう、というのがマーロウの返事。あきれたリンダは、人生に何を期待しているの、起きるかもしれないリスク…

第49章

エイモスの運転で、リンダがやってくる。マーロウはシャンペンでもてなそうとするが、リンダのボストンバッグを部屋に入れかけたところで口論になる。シャンペンくらいでベッドをともにする女と見られたくない、と怒り出すのだ。一度は、謝るマーロウだが、…

第48章

家の中で待ち構えていたのは、メンディ・メネンディス。警告を無視したマーロウに報復するための来訪だった。メネンディスはマーロウを三度殴るが、話の途中で相手の隙を突いてマーロウもやり返す。メンディが床に倒れたところでバーニーが登場する。すべて…

第47章

ジャーナル紙の記事を受けて、スプリンガー地方検事は記者会見を開き、公式見解を発表する。ジャーナル紙の編集長ヘンリー・シャーマンは検事の発言をそのまま紙面に掲載するとともに、署名入りの記事ですばやく反論する。モーガンが心配して電話をかけてく…

第46章

長い一日も終わろうとしていた。マーロウは車を飛ばしてヴィクターズへ向かった。開けたばかりのバーでギムレットを味わいながら、夕刊を待とうというのだ。記事はマーロウの望むとおりの形で載っていた。別の店で夕食をとって家に帰ると、バーニーから帰り…

第45章

事務所に戻ったマーロウは、たまっていた郵便物をボールに見立て、郵便受けからデスクへ、デスクから屑籠へ、と併殺プレイを独演し、ほこりを払ったデスクの上に写真複写を広げると、もう一度読んだ。そして、顔見知りの新聞記者であるモーガンに電話をかけ…

第44章

舞台はヘルナンデス警部の部屋。先日とちがっているのは、シェリフが不在であることと時間が昼間であること。部屋にはバーニー・オールズのほかにローリング医師と、地方検事の代理であるローフォードという男がいた。そのローフォードについての記述。“ a t…

第43章

いつのまにかキャンディーが、飛び出しナイフを手にカウチのそばに立っていた。話を聞いていたのだろう。マーロウにそれまでの態度を詫びた。何も手を出すな、というマーロウの言葉にしたがい、ナイフをわたす。警察に連絡するべきだというスペンサーを制し…

第42章

マーロウは、スペンサーを横に乗せてアイドルヴァレーに向かう。スペンサーは終始無言だったが、サン・フェルナンド・ヴァレーの地表面を覆うスモッグに耐えかねて口を開く。“ What are they doing ― burning old truck tires? ”清水訳「いったい、どうしよ…

第41章

金曜日の朝、スペンサーからホテルのバーで会いたいと電話があったが、部屋で会うことにした。込み入った話になりそうだった。マーロウは、スペンサーに同道してウェイド邸を訪れ夫人に会いたいと告げた。渋るスペンサーに、マーロウは、警察が夫人を疑って…

第40章

この章のマーロウは、ほぼ電話でことを済ませている。スーウェル・エンディコットは不在。次にかけたのはメンディー・メネンデスだった。マーロウは、メネンデスからレノックスが負傷し、捕虜になったのは英国だったことを聞き出す。それと同時に風紀係の刑…

第39章

検死審問は不発に終わった。事件は自殺という形で幕を閉じた。オールズは、その幕引きに納得がいかず、ポッター老の関与を疑い、マーロウに毒づくが、思い直してオフィスを訪れ、自分の胸のうちを語る。彼は、夫人を疑っていたが、動機が見つからないのだっ…

第38章

署長の待合室にはキャンディーが坐っていた。署長室には帰り支度をしたピーターセン署長がいたが、マーロウには構わず牧場に帰っていった。代わりにマーロウを尋問したのはヘルナンデスという名の警部だった。見掛け倒しの署長とちがい、警部はなかなかした…

第37章

かつての同僚バーニー・オールズは、今では郡警察殺人課の課長補佐になっていた。タフだが、根は人のいい男で、マーロウは心を許している。頭の切れそうな刑事が同行していて実況検分の結果を課長補佐に報告する。自殺の気配が濃厚だが、血中アルコール濃度…

第36章

空き瓶を片付けようと書斎に入ったマーロウは、ウェイドが死んでいるのを発見する。お茶の用意をして居間に戻ったアイリーンは、マーロウの様子から異変に気づく。そして、しばらくして訪れた警官に、マーロウの方を見もせず「夫はこの人に撃たれた」と、言…

第35章

何か鬱屈することがあるのだろう。ウェイドは、また酒をあおりはじめた。用があれば呼ぶように言い置き、作家を書斎に残したままマーロウはパティオに出た。湖上ではサーフ・ボードをひっぱったモーターボートが轟音を上げていた。キャンディもコックもいな…

第34章

マーロウは車でウェイド邸に向かう。冒頭、乾ききった土地の夏の真昼の情景が描かれる。埃っぽい未舗装路、舞う粉塵にまみれた潅木、疲れきってまどろむ馬、地面に座り新聞紙から何かを食べるメキシコ人。うだるような暑さに人も動物も生気を失っている。そ…

第33章

一週間後、ハリウッド界隈はスモッグに悩まされていた。ただ、マーロウの家のあるローレル・キャニオンあたりは何の理由によるものかは知らないが、いつもよく晴れて、空気は澄んでいた。そんなある日、ロジャー・ウェイドから電話があり、ランチを共にする…

第32章

ハーラン・ポッター老に呼ばれたマーロウはリンダ・ローリングといっしょにアイドル・ヴァレーにあるローリング邸に向かう。そこはフランスの貴族が女優の妻のために建てた奇妙な建築物だった。マーロウは、そこでポッター氏の現代文明に対する論説を拝聴す…

第31章

マーロウは、自宅で宿酔の朝を迎えていた。誰にも経験があるだろうが、何をする気にもなれず無為に時間をすごしていた。テリ-のくれた金のことを思い出しながら、それをつかう気になれないことをとりとめもなく考えている。 “ How much loyalty can a dead …

第30章

【マーロウは翌朝早くに眼を覚ます。コーヒーを持ってきたキャンディーに皮肉を言われるが、昨日と打って変わって、からきし意気地がない。悪口への返答代わりに平手打を食らわすのがせいぜいだ。アイリーンはといえば、こちらも昨夜の出来事などまるっきり…

第29章

【銃声のした部屋に入ると、夫妻は拳銃を奪い合っているところだった。弾丸は天井に穴を開けただけで二人は無事だった。マーロウは、発砲を悪夢のせ いにするウェイドに、自殺を試みたが度胸がなかったのだろうと言い放つ。あまりの言葉に腹を立てたアイリー…

第28章

【眠りに落ちる前、ウェイドがマーロウに始末しくれと頼んだ、タイプライターに残された書きかけの原稿がそのまま引用されている。いかにも飲酒が度を越した作家が書きそうな自己憐憫の臭う愚痴っぽい文章だが、美しい妻に見捨てられた寂しさや、キャンディ…

第27章

【ウェイドを寝かしつけたマーロウは、彼がどうして怪我をしたのか階下にある書斎を調べる。訳はすぐ分かった。壁際に転がった金属製の屑籠に血がこびりついていた。酒に酔ったウェイドが椅子を倒して、下にあった屑籠の角で頭を切り、蹴っ飛ばした後、外に…

第26章

マーロウは、怪我をしたロジャーをキャンディの手を借りてベッドに運ぶ。キャンディは、夫人との関係を揶揄したことで、マーロウに痛い目に合わされる。気がついたロジャーは、マーロウに夫人の無事を確かめた後、睡眠薬を飲んで眠りにつく。非番のキャンデ…

第25章

一週間後の夜、ウェイドから「来てくれ」と電話があった。車を飛ばして駆けつけてみると、アイリーンは煙草を口にくわえ玄関口に立っていた。ウェイドは、近くの叢の陰で頭から血を流して倒れていた。アイリーンに電話で呼ばれてやってきたローリング医師は…

第24章

ロジャー・ウェイドの後からパーティーの席にもどったマーロウは、ローリング医師がウェイドに「妻に近づくな」と警告するところを目撃する。軽く相手をいなすウェイドの頬をローリング医師は手袋で打つ。ホストとして自分を抑制できるウェイドをマーロウは…