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HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

第17章

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第17章のマーロウはセパルヴェダ・キャニオンから町へ帰ってきて食事にありついたところ。コーヒーを飲みながら、Vという頭文字ではじまる三人の中からウェイドを匿っているもぐり医者を探すことの難しさを感じ始めていた。その難しさを博打にたとえる「Vで始まる名前を持つ三人、そんな手がかりだけで人を捜し出せるチャンスなんて、クラップ・ゲームで、名手ニック・ザ・グリークを打ち負かすよりも難しいだろう(村上訳)」の部分をのっけから4行分清水訳はカットしている。

クラップ・ゲームもニック・ザ・グリークも知らない日本人に、そのまま訳しても比喩としては使えないという判断だろう。そういうところでも、書いてあれば一応訳しておきたいと思うのが村上氏だ。事実、そのままの直訳である。クラップ・ゲームというのは、二つのさいころを使ったゲームのようだが、ニック・ザ・グリークとは何者か。

初訳当時とはちがい、ネット社会の今日なら、知りたいと思う人には情報は簡単に開示される。ギャンブラーの世界にニック・ザ・グリークは、二人いる。ひとりは、アメリカのポーカー・プレイヤーでニック・ダンダロス。もう一人が、あのシトロエンからバカラで自動車工場を奪い取ったヨーロッパのニコラ・ゾグラフォスである。この人は何度も大博打で勝利を収め、賭博に関する名言をいくつも残している。その大物ぶりからいっても、ここで言うニック・ザ・グリークは、こっちの方だろう。クラップ(小博打)で、伝説的ギャンブラーを負かすという、ありえないことをたとえる、いかにもチャンドラーらしい表現だ。わざと、直訳にしておいて、知りたい者には調べる楽しみを残しておくというのが、村上氏のやり方だ。愛読者として、その誘いに乗らない手はない。

Vの頭文字から始まる二人目の医者は、ドクター・ヴュカニック(Drs. Vukanich)。三人目はドクター・ヴァーリー(Drs. Varley)。勝ち目のない勝負に打って出るかどうか(Yes or no?)。マーロウは悩む。結局、レストランから6ブロックほどのところにあるドクター・ヴュカニックの診療所を訪ねることにする。

マーロウの事務所のあるビルよりも古く汚いビル内の診療所には、十二人の患者が待っていた。この患者たち、マーロウの目にはどう映ったのか。

They looked like anybody else. They had no signs on them.

「十二人とも、とくに病人のようには見えなかった。一見したところではどこが悪いのかわからなかった」(清水訳)。「みんなごく普通の人間に見えた。とくに奇妙なところはない」(村上訳)。清水氏の訳は、あまり病人には見えない、つまり、診療所に来そうにもない人(偽の病人)というニュアンスが強い。一方、村上氏のそれは、とくに変わったところのない、つまり、麻薬を都合してもらいに来る中毒患者のようには見えない、という含みが感じられる。なんということもないシンプルな英文だからこそ、かえって訳者の読みが表れる一例である。この後に来る文が「もっとも抑制のきく麻薬中毒患者なら、菜食主義の会計士と見かけはとくに変わらない」だから、どっちともとれるわけだ。

この章も、清水訳には省略が数箇所見受けられるが、冒頭の省略を別にすれば大したものはない。マーロウのもぐり医者のリストに載っているという挑発に怒った医者が「十ドルを今すぐ現金でいただこう」と、いうのが一回抜けている。この「現金で十ドル」という台詞を医者が三回、看護婦が一回、少しずつ変化を伴って繰り返す。くどいようだが、文章家としてのチャンドラーの上手さは、こういうところにあるといえる。結局、この十ドルをマーロウは踏み倒す。薬が切れてきたドクター・ヴュカニックが別室に入ってすぐ出てきたとたん元気になることから、医師自身が中毒患者であることを見破ったマーロウの、きちんとした医師に診療してもらったとはとらない、という意思表明だろう。十ドルを催促する看護婦に「君は君の仕事をしている。私は私の仕事をしている」と捨てゼリフを残して去るところからも分かる。