HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

2012-01-01から1年間の記事一覧

第21章

いくらハードボイルド探偵小説といえども、毎回毎回が緊張した事件の連続では、つきあっている読者のほうが疲れてしまう。アントレの後にデザートが くるように、緊張の後には弛緩がほしい。第21章は、一仕事やり終えた次の日、マーロウのどうってことない一…

第20章

マーロウは、ウェイドを車に乗せ、アイドルヴァレーに送り届ける。ヴァリンジャーは車の中のウェイドに「借りた金は必ず返すから」となおも食い下がる。そのヴァリンジャーにウェイドは言う。“Like hell you'd pay it back,”Waid said wearily.“You won't li…

第19章

19章の書き出しはこうだ。“I drove back to Hollywood feeling like a short rength of chewed string.”清水訳では「私は車を走らせて、ハリウッドへ戻った」。後半部をあっさり飛ばしている。村上は、その部分を「くたびれ果てた身体で、」と訳している。「…

第18章

マーロウはVの字で始まる名前を持つ三人目の医師、ドクター・エイモス・ヴァーリーを訪ねた。前二人の医者とちがって、ドクター・ヴァーリーは裕福そうだった。広い敷地に大きな古い樫の木が涼しい陰を宿す、豪壮な屋敷が建っていた。張り出し屋根を飾る“ela…

『LAヴァイス』 トマス・ピンチョン

ピンチョンが2009年に発表した最新作だが、背景となる時代はなぜかシックスティーズ。『ヴァインランド』からピンチョンを読み始めた評者のような読者には、懐かしい古巣に戻ったような思い。50年ぶりに再結成されたビーチボーイズは、相変わらずブライアン…

第17章

第17章のマーロウはセパルヴェダ・キャニオンから町へ帰ってきて食事にありついたところ。コーヒーを飲みながら、Vという頭文字ではじまる三人の中からウェイドを匿っているもぐり医者を探すことの難しさを感じ始めていた。その難しさを博打にたとえる「Vで…

第16章

第16章の舞台は、牡猫を思わせるユーカリ独特の匂いに満たされ、死んだように静かなセパルヴェダ・キャニオン。マーロウが愛用のオールズモビルで 向かったのはVの頭文字ではじまる三人のもぐり医者の一人ドクター・ヴェリンジャーの経営する芸術家コロニー…

第15章

第15章のマーロウは、失踪したウェイドが残したたった一つの手がかり、Vという頭文字を持つ医師の情報を求め、大手機関に勤める知人を訪ねる。しがない私立探偵の目から見た大手同業者のオフィスに注ぐ辛辣な視線が印象的な場面だ。 この章も大きな異同は…

第14章

The Long Goodbye | 編集 松原氏の『3冊の「ロング・グッドバイ」を読む』の書評に書いたことだが、アイリーンが夫の居場所を探してもらおうとしてマーロウを訪ねた先は、オフィスではなく自宅だった。久しぶりに続きを書いてみようと思い立って、原文を読…

第13章

The Long Goodbye | 編集 午前11時のリッツ・ビヴァリー・ホテルのバー。マーロウは、人と会う約束でここに来ている。壁一面のガラス窓からプールが見えている。マーロウは飛び込みをする娘を欲望を感じながら眺めている。それまでとは明らかにちがう展開…

第12章

第12章は、マーロウが自宅の郵便受けに手紙を見つける場面からはじまる。原文は次の通りだ。 “The letter was in the red and white birdhouse mailebox at the foot of my steps.A woodpecker on top of the box attached to the swing arm was raised an…

第8章

第7章は殺人課課長によるマーロウ尋問の場面。例によって挑発に乗った課長は、マーロウの思うつぼにはまってしまう。グレゴリアスという課長は暴力に訴えるしかない愚鈍な刑事の典型として描かれている。翻訳上の異同はあまり面白いところが見つからないの…

第6章

ティファナからの帰り道、マーロウはドライブの退屈さを嘆く。そのなかで、夜の港町のロマンティックさと自分の生活を対比させ、次のように語る。 “But Marlowe has to get home and count the spoons.” 清水訳は「だが、マーロウは家へ帰らなければならない…

第5章

さて、第5章である。 最後に飲んでから一月後、朝の五時にテリ-がやってくる。コートに帽子、そして手には拳銃という古いギャング映画のような格好をして。この “Old-fashioned kick-em-in-the teeth gangster movie"もよく分からない。スラングなんだろう…

第4章

第4章は、有名な「夕方、開店したばかりのバーが好きだ。」から始まるレノックスの長台詞で幕を開ける。この台詞を読んで、開けたばかりのバーを訪れたファンも多いにちがいない。もっとも、本にあるように午後四時では勤め人には難しかろう。マーロウのよ…

第3章

第3章は、テリ-とシルヴィア・レノックス夫妻の再婚を紹介する新聞の社交欄記事の文体模倣で始まる。彼らの再婚を伝える社交欄の記事を読むマーロウは、 かなり腹を立てているがおおよそ事実だろうと考える。その後に、“On the society page they better …

第2章

マーロウがテリー・レノックスを二度目に見たのがクリスマス前のハリウッド・ブールヴァードだった。彼は何日も食べておらず、ぼろ屑同然の姿で登場する。マーロウは、警官に見とがめられたレノックスをタクシーに乗せて家に連れ帰ろうとする。 タクシー運転…

第1章

村上訳の『ロング・グッドバイ』を、久しぶりに再読した。前に出たとき、原書も買っておいたのだが、転勤と重なって、ゆっくり読むことができなかった。旧訳とは照らし合わせて読んだのだが、原書まで手が回らなかった。そこで、今度は、村上訳を読んだ後、…

『愛書家の死』ジョン・ダニング

新聞の片隅に紹介されていた『死の蔵書』という題名に惹かれ、同じ作者の新作を手にとった。柳の下の二匹目の泥鰌をねらったのか、前作とよく似た邦題になっている。原題は“The Bookwoman's Last Fling”「fling」は、「向こう見ずな挙動、浮気、憤激」を表す…

『3冊の「ロング・グッドバイ」を読む』

レイモンド・チャンドラーの代表作『ロング・グッドバイ』は、長く清水俊二訳で愛されてきたが、2007年、村上春樹が 新訳を発表した。往年のファンは、自分たちが愛読した清水訳のそれとのちがいにとまどいを覚えたようだ。著者もどうやらその一人らしい…

『リトル・シスター』

村上春樹の書く小説も、他の作家の書いたミステリもあまり読まないのに、村上訳のチャンドラーだけは出るたびに読んでしまう。単にチャンドラーのファンというだけかもしれない。そうでないのかもしれない。 村上訳が出たことによって、チャンドラーの位置…

『アメリカ・ハードボイルド紀行』小鷹信光

ハードボイルド小説もそれほど読んでいるわけではない。レイモンド・チャンドラーが好きなので、関連すると思われる書物には一応目を通しておきたいという気がある。小鷹氏の著作もその一つで、氏の著作としては二冊目である。 チャンドラーのマーロウ物TV…

『マルタの鷹』講義

『マルタの鷹』は、ダシール・ハメットの代表作であるだけでなく、ここからハードボイルド探偵小説というジャンルがはじまったというべき記念碑的な作品である。サム・スペードがいなければ、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウも、ロス・マク…