The Big Sleep
《「いいか」私は重々しく続けた。「妹を連れ出せるか? どこかここから遠く離れたところにある、君の妹のようなタイプを扱い慣れ、銃やナイフやおかしな飲物を遠ざけておいてくれるところだ。ああ、君の妹だって治るかもしれない。そういう例もある」 ヴィ…
《私は煙草を渡し、マッチに火をつけて差し出した。ヴィヴィアンは肺一杯に煙を吸い込むと乱暴に吐き出した。それからは煙草は指の間で忘れられたようで、二度と吸われることはなかった。「さてと、失踪人課はラスティを見つけられないでいる」私は言った。…
《優しい目をした馬面のメイドが二階の居間に案内してくれた。灰色と白の細長い部屋には象牙色の厚地のカーテンの裾が贅沢に床に崩れ落ち、床一面に白い絨毯が敷きつめられていた。映画スターの閨房みたいな魅惑と誘惑の場所は義足のように人工的だった。今…
《「その中」彼女は窓から身を乗り出して指さした。 小径に毛が生えたような狭い未舗装路で、山麓の牧場への入口みたいだった。五本の横木を渡した幅の広い木戸が切り株にぶつかるまで折り返され、何年も閉じられたことがないように見えた。高いユーカリの樹…
《「ところで、私に何の落ち度があるというんです? 一切を任されているノリスはガイガーが殺されてこの件は終わった、と考えたらしい。私はそう思わない。ガイガーの接触の仕方には首をひねったし、今でも考えている。私はシャーロック・ホームズでもファイ…
《髭を剃り、服を着替え、ドアに向かった。それから引き返してカーメンの真珠貝の銃把ががついた小さなリヴォルヴァーをつかんでポケットに滑り込ませた。陽光は踊っているみたいに明るかった。二十分でスターンウッド邸に着き、通用門のアーチの下に車をと…
《グレゴリー警部はため息をついてねずみ色の髪をくしゃくしゃにした。「もう一つ言っておきたいことがある」彼はほぼ穏やかと言っていい声で言った。「君はいい男のようだ。だが、やり方が荒っぽ過ぎる。もし本当にスターンウッド家を助けたいと思っている…
《次の日はまた太陽が輝いていた。 失踪人課のグレゴリー警部はオフィスの窓から裁判所の縞になった最上階を物憂げに眺めていた。雨のあとで裁判所は白く清潔だった。それからのっそりと回転椅子を回し、火傷痕のある親指でパイプに煙草を詰めながら浮かぬ顔…
《しばらく沈黙が下りた。聞こえるのは雨と静かに響くエンジン音だけだった。それから家のドアがゆっくり開き、闇夜の中により深い闇ができた。人影が用心深く現れた。首の周りが白い。服の襟だ。女がポーチに出てきた。体を強張らせて、木彫りの女のようだ…
《隣の修理工場は暗かった。私は砂利敷きの車寄せと水浸しの芝生を渡った。道には小川のように水が流れていた。向こう側の溝に水が音を立てて流れ込んでいる。帽子はかぶっていなかった。きっと修理工場で落としたのだ。カニーノはわざわざ返す手間はかけな…
《女はさっと身をひるがえし、スタンド脇の椅子に戻って座ると、両掌の上に顔を伏せた。私は勢いよく足を床につけて立ち上がった。ふらついた。足が固まっている。顔の左側面の神経が痙攣していた。一歩踏み出した。まだ歩けた。必要があれば走ることもでき…
《女はさっと頭を振り、耳を澄ませた。ほんの一瞬、顔が青ざめた。聞こえるのは壁を叩く雨の音だけだった。彼女は部屋の向こう側へ戻って横を向き、ほんの少しかがんで床を見下ろした。「どうしてここまでやって来て、わざわざ危ない橋を渡ろうとするの?」…
《どうやら女がいるらしい。電気スタンドの傍に坐り明かりを浴びている。別の灯りが私の顔にまともに当たっていたので、一度目を閉じて睫の間から女を見ようとした。プラチナ・ブロンドの髪が銀でできた果物籠のように輝いていた。緑のニットに幅の広い白い…
《外で砂利を踏む足音がして扉が押し開けられた。光が篠突く雨を銀の針金に見せた。アートがむっつりと泥まみれのタイヤを二本ごろごろ転がし、扉を足で蹴って閉め、一本をその脇に転がした。荒々しく私を見た。「ジャッキをかますところによくもまあ、あん…
《「分かった、分かった。つなぎの男は不満たらたらだった。ポケットの垂れぶた越しに服に銃をねじ込むと、拳を噛みながら不機嫌そうにこちらを見つめた。ラッカーの匂いはエーテルと同じくらい胸が悪くなる。隅の吊り電灯の下に新品に近い大型セダンがあり…
《広いメイン・ストリートからずっと後ろに木造家屋が何軒か、互いに距離を置いて建っていた。それから急に商店が軒を連ね、曇ったガラス窓の向こうにドラッグ・ストアの明かりが点り、映画館の前には車が蠅のように群がり、街角の明かりが消えた銀行は歩道…
《「お金をちょうだい」 声の下でグレイのプリムスのエンジンが震え、上では雨が車の屋根を叩いた。頭上遥か、ブロック百貨店の緑がかった塔の頂では菫色の灯りが、雨の滴る暗い街からひとり静かに身を引いていた。女は身を屈めダッシュボードのかすかな光で…
《電話を切り、もう一度電話帳を取り上げてグレンダウアー・アパートメントを探した。管理人の番号を回した。もうひとつ死の約束の取りつけに、雨をついて車を疾走させているカニーノ氏の像がぼんやりと頭に浮かんだ。「グレンダウアー・アパートメント。シ…
《「バンカー・ヒルのコート・ストリート二八番地にあるアパートメント・ハウス。部屋は三〇一。俺は根っからの意気地なしさ。あんな女の代りに死ぬ理由はないだろう?」「その通り。いい料簡だ。いっしょにご挨拶に出かけようぜ。俺はただ、女がお前に話し…
《喉を鳴らすような唸り声が今は楽し気に話していた。「その通り、自分の手は汚さないで、おこぼれにありつこうとするやつがいる。それで、お前はあの探偵に会いに行った。まあ、それがおまえの失敗だ。エディはご機嫌斜めだ。探偵は、誰かが灰色のプリムス…
《雨は七時には一息ついたが、側溝には水が溢れていた。サンタモニカ通りでは歩道の高さまで水位が上がり、薄い水の幕が縁石を洗っていた。長靴から帽子まで黒光りするゴム引きに身を包んだ交通巡査が、ばしゃばしゃと水を掻き分け、雨宿りしていたびしょ濡…
《「そのカニーノの見てくれは?」「背は低く、がっしりした体格で茶色の髪、茶色の目、いつも茶色の服を着て茶色の帽子をかぶっている。それどころかコートまで茶色のスエードだ。茶色のクーペに乗っている。ミスタ・カニーノの何もかもが茶色なんだ」「第…
《 私は言った。「その通りだ。最近よくない連中とばかりつきあってたんでね。無駄口はやめて本題に入ろう。何か金になるものを持ってるのか?」「払ってくれるのか?」「そいつが何をするかだな」「そいつがラスティ・リーガンを見つける助けになるとしたら…
《私は煙草を床に投げ捨てて足で踏みつけた。ハンカチを取り出して掌を拭った。私はもう一度試みた。「ご近所の手前言うのではない」私は言った。「彼らはたいして気にしちゃいない。どのアパートメント・ハウスにも素性の知れない女がいくらでもいる。今さ…
《アパートメント・ハウスのロビーは、この時間空っぽだった。私にあれこれ指図するガンマンも鉢植えの椰子の下で待ち受けてはいなかった。私は自動エレベーターで自分のフロアに上がり、ドアの後ろから微かに漏れるラジオの音楽に乗って廊下を歩いた。私は…
《我々はラス・オリンダスを離れ、潮騒が聞こえる砂上の掘っ立て小屋みたいな家や、それより大きな家々が背後にある斜面を背に建ち並ぶ、湿っぽい海沿いの小さな町を走り抜けた。ところどころに黄色く光る窓が見えたが、大半の家は灯が消えていた。海からや…
《彼女は私の腕につかまって震えはじめた。車に着くまでずっとしがみついていた。車に着くころには彼女の震えはとまっていた。私は建物の裏側の樹間を抜けるカーブの続く道を運転した。道はドゥ・カザン大通りに面していた。ラス・オリンダスの中心街だ。パ…
《「お見事な手並みね、マーロウ。今は私のボディガードなの?」彼女の声にはとげとげしい響きがあった。「そのようだ。ほら、バッグだ」彼女は受け取った。私は言った。「車はあるのかな?」彼女は笑った。「男と一緒に来たの。あなたはここで何をしてたの…
《軽やかな足音、女の足音が見えない小径をやってくると、私の前にいた男が霧によりかかるように前に出た。女は見えなかったが、やがてぼんやりと見えてきた。尊大に構えた頭に見覚えがあった。男が素早く行動に出た。二つの影が霧の中で混ぜ合わされ、霧の…
《エディ・マーズはかすかに微笑み、それから頷いて胸の内ポケットに手を伸ばした。隅を金で飾った仔海豹の鞣革製の大きな財布を抜き出し、無造作にクルピエのテーブルに投げた。「かっきり千ドル単位で賭けを受けろ」彼は言った。「ご異存がなければ、今回…