HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

第40章

この章のマーロウは、ほぼ電話でことを済ませている。スーウェル・エンディコットは不在。次にかけたのはメンディー・メネンデスだった。マーロウは、メネンデスからレノックスが負傷し、捕虜になったのは英国だったことを聞き出す。それと同時に風紀係の刑事ビッグ・ウィリー・マグーンが四人組に傷めつけられた話を聞かされる。マーロウはカーン機関のジョ-ジ・ピーターズを呼び出し、レノックスの従軍記録他の書類の調査を依頼する。


メネンデスがマーロウを呼ぶときに使う“ cheapie ” だが、清水氏は「チンピラ」、村上氏は「はんちく」と訳している。「チンピラ」も、今ではあまり聞かなくなったが、「はんちく」という言葉は、一昔前の捕物帳か何かに出てきそうな気がして、どうも落ち着かない。東京方言という説もあるが、東京あたりではつい先頃まで普通に使われていたのだろうか。たしかにチャンドラーが扱っているのは少し前の時代になる。村上氏が時代背景を意識して、わざわざ選んだ言葉なのかもしれないが、50年代アメリカのギャング・スターが使う言葉としてふさわしいものかどうか、いまひとつ納得がいかない。


マーロウは、ここでもメネンデスにハーラン・ポッターの名前を出して、相手の反応を探っている。「会ったこともないし、この先会うこともないだろう」という相手に、マーロウが言う。


“ He casts a long shadow. All I want is a little imformation. Mendy. ”
 村上訳「(彼はとても長い影を落としている。)私が求めているのはささやかな情報だけなんだよ、メンディー」


括弧内は、直に見知っているかどうかは知らないが、上の方ではつながっているかもしれない、というぐらいの意味だろうが、清水氏はここも端折って、「実はちょっと訊きたいことがあるんだ、メンディー」とはじめている。情報を小出しにして、相手に揺さぶりをかけるやり方をマーロウは得意にしている。効き目がないと知ると、さっと引いて話を変えるのはお手のものだ。言いかけて途中でやめた話というのは、相手にとって気になるものだからだ。


マグーンはひどい怪我をしたものの命はとりとめた。それについてのマーロウの分析も清水氏は端折っている。怪我がなおって仕事にもどる警官は以前とは何かがちがっているというところだ。


“ the last inch of steel that makes all the difference ”
村上訳「鋭い鋼鉄の切っ先がわずかに丸くなっていて、それでいろんなことがこれまでとは違ってくる」


これ以上やると、またひどい目にあうかもしれないという恐怖が警官に手心を加えさせるのだ。なるほど、殺すより、生かしておく方がいい広告になる。