《「そのカニーノの見てくれは?」
「背は低く、がっしりした体格で茶色の髪、茶色の目、いつも茶色の服を着て茶色の帽子をかぶっている。それどころかコートまで茶色のスエードだ。茶色のクーペに乗っている。ミスタ・カニーノの何もかもが茶色なんだ」
「第二幕、といこう」私は言った。
「金がないなら、ここまでだ」
「二百ドルに見合うとは思えないんだよ。ミセス・リーガンは酒場で知り合った元酒の密売屋と結婚した。彼女は他にもその手の連中を知っている。エディ・マーズとは熟知の仲だ。もしリーガンに何かあったと思ったら彼女が真っ先に駆けつけるのはエディ・マーズのところで、カニーノはエディが仕事を任そうと選んだ男かもしれない。手札はそれだけか?」
「エディの女房の居所が分かれば二百ドル出す気になるかい?」小男は静かにきいた。
今や全注意力は彼に注がれていた。私は身を乗り出し、危うく椅子の肘掛けを壊すところだった。
「彼女ひとりだったとしても?」ハリー・ジョーンズは柔らかというよりは不吉な声音でつけ足した。「リーガンと駆け落ちしたんじゃなく、彼と一緒にふけたと警察に思い込ませるために、L.Aから四十マイル離れた隠れ家に身を隠していたとしても? これなら二百ドル払ってくれる気になるかい? 探偵さんよ」
私は唇を舐めた。乾いて塩辛かった。「払うだろうな」私は言った。「どこなんだ」
「アグネスが見つけたんだ」険しい顔で彼は言った。「ついてたのさ。運転してるところを見かけてどうにか家までつけた。そこがどこなのかはアグネスが話すだろう──金を手にしたときにな」
私は渋面を作って見せた。「警察に話すことになれば見返りはないんだ、ハリー。近頃セントラル署は腕っこきの解体屋を揃えている。尋問中に君を殺しかけたとしても、まだアグネスがいる」
「やらせてみたらいい」彼は言った。「俺はそうヤワじゃないぜ」
「どうやらアグネスを軽く見過ぎていたようだ」
「彼女は詐欺師なんだ、探偵さん。俺も詐欺師だ。俺たちはみんな詐欺師なんだ。小銭欲しさに互いを売りあう。オーケイ。好きにしなよ」彼は煙草入れから別の一本を取って巧みに唇の間にはさみ、私がやるように親指の爪でマッチを擦ろうとしたが、二度の失敗の後、靴を使った。落ち着いて煙草を吸いながら私をまっすぐ見つめた。愉快な、小さいが手強い男。私でもホーム・プレートから二塁まで投げられそうな、大男の世界にいる小男。彼には私の気に入る何かがあった。
「俺はここでは駆け引きしていない」彼は落ち着いた声で言った。「俺は二百ドルの話をしに来た。値はそのままだ。出すも出さぬもそちら次第、さしの話と思って来たんだ。まさか警察をちらつかせるとはな。ちったあ恥ってものを知るがいいや」
私は言った。「二百ドルは手に入るさ──その情報と引き換えに。まずは私が金を引き出さないといけないが」
彼は立ち上がって頷き、すりきれた小さなアイリッシュ・ツィードのコートを胸のあたりで掻き合わせた。「大丈夫。いずれにせよ暗くなってからの方が都合がいい。用心するに越したことはない──エディ・マーズのような連中が相手ならな。とは言え、人は食わなきゃならない。賭け屋の仕事も最近落ち目でね。俺の見るところじゃ上の連中はプス・ウォルグリーンに立ち退きを迫るらしい。そのオフィスに来てくれないか。ウェスタン通りとサンタモニカ通りの角にあるフルワイダー・ビルディング、背面の四二八号室。あんたが金を持ってきたら、アグネスに会わせよう」
「自分でしゃべる訳にはいかないのか? 私はアグネスには前に会ってる」
「約束したんだ」彼はあっさりと言った。コートのボタンをかけ、帽子を気取って斜めにかぶり、もう一度頷くとドアの方にぶらぶら歩き、出て行った。足音が廊下を遠ざかった。
私は銀行に行って五百ドル分の小切手を預金し、二百ドルを現金で引き出した。また上階に戻って、椅子に腰かけ、ハリー・ジョーンズと彼の話について考えた。少しばかり話がうますぎるように思われた。それは事実の絡み合った織物というより、虚構の飾らない単純さを示していた。もし、モナ・マーズが縄張りの近くにいたのなら、グレゴリー警部が見つけていそうなものだ。見つけようと努力したなら、の話だが。
私はほとんど一日中そのことを考えていた。誰もオフィスに来なかった。誰も電話をかけてこなかった。雨だけが降り続いていた。》
「出すも出さぬもそちら次第、さしの話と思って来たんだ」は<I come because I thought I’d get a take it or leave it, one right gee to another.>。双葉氏は「ここへ来りゃ話がわかると思ったからこそやって来たんだ」。村上氏は「それを買うか買わないかはあんた次第、そういうまっとうな、男と男の話をしに来たつもりだった」だ。<take it or leave it>は、「(提示された値段などに)そのまま無条件に受け取るかやめるかを決める」こと。つまり、二者択一で交渉の余地はないといっているわけだ。
<one right gee to another>は、それを補足して、他者の介入もないことを示唆している。双葉氏は全部をひっくるめて「話がわかる」と意訳しているが、少し不親切。村上氏は逆に「男と男の話」のような原文にないマッチョな修飾をつけ加えている。<gee>は「おや、まあ」などの驚きを表す間投詞。マーロウの煮え切らない態度に業を煮やして、入ったことばだろう。「ちったあ恥ってものを知るがいいや」は<You oughta be ashamed of yourself>。双葉氏は「すこしは恥を知るがいいや」。村上氏はここも、前の文に引きずられたのか「男気ってものはないのかい?」と、余計な意味をつけ足している。
「見つけようと努力したなら、の話だが」は<Supposing, that is, he had tried.>。ここを、双葉氏は「みつけていないとすれば、探すのに飽きたからだろう」と訳している。おそらく<tried>を<tired>と読み違えたのだろう。村上氏は「もちろん警部に女を見つけようという気があれば、という条件付きの話だが」だ。