HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第25章(2)

「バラの葉」と「薔薇の花弁」どちらが美しいベッドの材料になる?

【訳文】

《私は酔っぱらいのようによろよろと歩き出した。二つの格子窓の間、小さな白いエナメルのテーブルの上にウィスキーの瓶があった。いい形をしていた。半分以上残っている。私はそちらに向かった。世界にはいい人がたくさんいる。朝刊のあら捜しをし、映画館で隣の席の男のすねを蹴り、嫌な気持ちになり、がっかりし、政治家を鼻で笑うこともあるが、それでも世界にはいい人がたくさんいる。あのウィスキーを半分残してくれた男がそうだ。メイ・ウエストのヒップの半分はあろうかという、大きなハートの持ち主だ。
 手を伸ばし、ほとんど麻痺している両手をウィスキーの瓶の上に置き、口のところまで持ち上げた。ゴールデン・ゲート・ブリッジの端を持ち上げるくらい、汗をかきながら。
 だらだらと時間をかけて飲んだ。それから注意深く瓶を下ろした。顎の下に垂れた分をなめようとした。
 ウィスキーは妙な味がした。妙な味に気がついた時、壁のコーナーにある洗面台が目に入った。なんとか間に合った。ぎりぎりのところだった。吐いた。ディジー・ディーンでもこれより速く投げたことはなかった。
 時は流れた―胸はむかつき、足もとはふらふら、頭はぼうっとして、洗面台の端にしがみつき、助けを求めて獣のような声を挙げている間に。
 ようやく落ち着いた。私はよろよろとベッドに戻り、再び仰向けになり、息を切らしながら寝たまま、煙を見ていた。煙はぼんやりしていた。あまりリアルではなかった。眼の奥にある何かかもしれない。すると、急に煙は消え、天井に取り付けた磁器の灯りが部屋をくっきり照らし出した。
 私は上体を起こした。ドア近くの壁にがっしりした木製の椅子があった。白衣の男が入ってきたドアとは別の扉があった。たぶんクローゼットの扉だ。私の服はそこに入っているのかもしれない。床には緑と灰色の方形のリノリウムが張られていた。壁は白く塗られていた。清潔な部屋だ。私が腰かけているベッドは狭い鉄製の病院用ベッドで、通常のものより低く、両側にバックルのついた厚い革製ストラップが取り付けられていた。人の両手首、両足首がくるあたりだ。
 気の利いた部屋だった―外に出たい、という気にさせる。
 全身の感覚が戻ってきた。頭に喉、それに腕がひりひりした。どうして腕が痛むのか、覚えがなかった。綿のパジャマめいた物の袖をまくり、見るともなく見た。肘から肩にかけての皮膚は、針を刺した痕だらけだった。その周りが変色し、ちょうど二十五セント硬貨くらいの小さな斑点になっていた。
 麻薬だ。おとなしくさせるのに、大量の麻薬を打たれたのだ。おそらく自白させるためのスコポラミンも。時間の割に麻薬の量が多すぎて、幻覚を見ていたのだ。見るのもいれば、見ないのもいる。要は本人がどれだけしっかりしているかにかかっている。それが麻薬だ。
 それで説明がつく。煙、天井灯の縁の小さな頭、声、馬鹿げた考え、ストラップ、格子、痺れた指や脚のすべてが。ウィスキーは、おそらくアルコール中毒治療二日間コースの一部だろう。私が見過ごさないことを見越して、わざと残しておいたのだ。
 立ち上がると、あやうく目の前の壁に腹をぶつけそうになった。それで、横になって、かなり長い間、つとめて静かに呼吸していた。体中がちくちくし、汗をかいていた。小さな汗のしずくが額をゆっくり滑り、慎重に鼻の脇を通って口の端に落ちるのが分かった。愚かなことに舌はそれをなめた。
 私はもう一度上体を起こし、足を床に着け、立ち上がった。
 「オーケイ、マーロウ」私は歯の間から声を絞り出した。「お前はタフガイだ。身長六フィートの鉄の男だ。剥き身で百九十ポンド、洗顔済み。筋肉は引き締まり、顎は打たれ強い。お前ならできる。お前は二度ダウンを奪われ、チョーク攻めにあい、失神しかけるほど顎を銃身で連打された。大量の麻薬を打たれ、頭の中で二匹のネズミがワルツを踊りだすまで監禁された。これがいったい何を意味するのか? お定まりの仕事だ。では、そろそろ本気でタフな仕事にとりかかろうか、ズボンを穿くというのはどうだ」
 私は再びベッドに横になった。
 また時が過ぎた。どれだけかは分からない。時計をしていなかった。とにかく時計で計れるような時間ではなかった。
 私は上体を起こした。いささか飽きが来ていた。立ち上がって歩きはじめた。歩くのは楽しくない。神経質な猫みたいにどきどきする。横になって眠った方がましだ。しばらくのんびりするさ。調子が悪いんだよ、あんた。オーケイ、ヘミングウェイ。私は弱ってる。花瓶をひっくり返すこともできない。爪ひとつ切れやしない。
 とんでもない、お断りだ。私は歩き続ける。私はタフだ。私はここから出て行く。
 もう一度ベッドに横になった。
 四度目はいくらかましになった。部屋を二度、往復した。洗面台まで行き、きれいに洗い流し、そこに寄りかかって、掌から水を飲んだ。吐かなかった。少し待ってから、もう少し飲んだ。かなり良くなった。
 私は歩いた。私は歩いた。私は歩いた。
 半時間ほど歩いたら、膝が震えだしたが、頭はすっきりした。もっと水を飲んだ。うんざりするくらいの水を。飲んでいると、あやうく洗面台に向かって泣き出すところだった。
 歩いてベッドに戻った。愛らしいベッドだった。薔薇の花弁で作られていた。世界一美しいベッドだ。キャロル・ロンバードから譲ってもらった。彼女には柔らかすぎたのだ。そこに横たわり、二分ばかり休むことができるなら、残りの人生をくれてやってもいい。美しく柔らかなベッド。美しい眠り。美しい瞳は閉じられ、睫毛が落ち、静かな息遣いが聞こえ、闇が訪れる。そして、枕に深く沈み込んで眠るのだ。
 私は歩いた。
 彼らは数多のピラミッドを建てたが、ついには飽きた。そこでそれらを取り壊し、石を砕いてコンクリートを作り、それでボールダー・ダムを築き、陽光降りそそぐ南の地に水を送り、それを満たした。
 私はその間ずっと歩き通した。何があっても動じなかった。
 私は歩くのをやめた。誰かと話す用意ができていた。》

【解説】

この章も、清水氏は大胆にカットしている。まず「いい形をしていた」<It looked like a good shape>。次に「私はそちらに向かった」<I walked towards it>を訳していない。村上訳は「素敵な形をしていた」、「私はそちらの方に歩いていった」。訳さなくても構わないと判断したのだろう。どんな形のボトルなのか、気になる。第十八章で、ヘイグの名前が出ていたので「ピンチ」(ディンプル)かと思ったが、この時代にはまだ発売されていないようだ。

「ゴールデン・ゲート・ブリッジの端を持ち上げるくらい、汗をかきながら」は<sweating as if I was lifting the end of the Golden Gate bridge>。清水氏は「サン・フランシスコのゴールデン・ゲート橋のはしを持ち上げるように重かった」と訳している。村上訳は「ゴールデン・ゲート・ブリッジの片方を持ち上げているみたいに汗をかきながら」。蛇足ながら「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」は「金門橋」と呼ばれていたこともある。字数が少なくて有難いが、今となってはさすがに賞味期限切れか。

「洗面台の端にしがみつき、助けを求めて獣のような声を挙げている間に」は<clinging to the edge of the bowl and making animal sounds for help>。清水氏は、この部分をどうしたことか「洗面台の端につかまる手と動物のような声で助けを求める手」と訳している。村上訳は「洗面台にしがみつき、獣のようにうなって助けを求めていた」。

「息を切らしながら寝たまま」は<lay there panting>。「眼の奥にある何かかもしれない」は<Maybe it was just something back of my eyes>。清水氏はこの二か所もカットしている。村上訳は「はあはあ息をつきながら」と、こちらも<lay there>は訳していない。その前に「仰向けに寝ころび」と書いたことで略したのだろう。後者は「あるいは私の目の奥にあるものなのかもしれない」と訳している。

「人の両手首、両足首がくるあたりだ」は<about where a man's wrists and ankles would be>。清水氏はここを「バックルのついた厚い革紐が二ヵ所についていた」と書いている。原文の引用箇所の前に<there were thick leather straps with buckles attached to the sides>とあるので「二ヵ所」と訳したのだろうが、「両手首、両足首」なので、合計すると四か所になる。やはり、軽々にカットしたりすると痛い目を見る。村上訳は「ちょうど人の両手首と両足首のくるあたりに」。

「肘から肩にかけての皮膚は、針を刺した痕だらけだった」は<It was covered with pin pricks on the skin all the way from the elbow to the shoulder>。清水氏は「肘から肩にかけて、桃色の斑点ができていた」と訳している。<pin pricks>を<pink>と見まちがえたのだろう。村上訳は「肘から肩にかけての皮膚には、一面に針のあとがついていた」。

「麻薬だ。おとなしくさせるのに、大量の麻薬を打たれたのだ。おそらく自白させるためのスコポラミンも。時間の割に麻薬の量が多すぎて、幻覚を見ていたのだ。見るのもいれば、見ないのもいる。要は本人がどれだけしっかりしているかにかかっている。それが麻薬だ」は<Dope. I had been shot full of dope to keep me quiet. Perhaps scopolamine too, to make me talk. Too much dope for the time. I was having the French fits coming out of it. Some do, some don't. It all depends how you are put together. Dope>。

清水訳「熟睡させるための注射だった。私が暴れたからかもしれなかった。あるいは、口をきかせるためのスコポラミンかもしれなかった。それは麻薬だ。私のからだに影響があった。からだによって、影響がちがうのだ。麻薬」。

村上訳「麻薬だ。おとなしくさせておくために、しこたま麻薬を打たれたのだ。自白を引き出すためにおそらくスコポラミンも打たれたはずだ。短時間に大量の麻薬が投与された。私は薬物による幻覚を見ていたのだ。そういうのを見るものもいるし、見ないものもいる。体質によって症状は違ってくる。しかしとにかく麻薬だ」。

清水氏のはちゃんとした訳になっていない。<too>とあるのだから「あるいは」ではない。その後はまったく訳されていない。「からだによって」の部分<put together>。村上氏は「体質によって」と訳している。「まとめる。組み立てる」という意味だが、<be~>で「(人)が有能である、しっかりしている」という意味もある。

「それで説明がつく。煙、天井灯の縁の小さな頭、声、馬鹿げた考え、ストラップ、格子、痺れた指や脚のすべてが」は<That accounted for the smoke and the little heads around the edge of the ceiling light and the voices and the screwy thoughts and the straps and bars and the numb fingers and feet>。清水氏は「煙もそのせいだった。指のしびれも、からだ全体の疲労感も、ベッドにとりつけられた革バンドもそれで説明ができる」と省略している。逆に村上氏は多量に言葉を補って訳している。「それでいろんなことの説明がつく。煙やら、天井灯の縁からのぞいているたくさんの小さな頭やら、聞こえてくる声やら、浮かんでは消える妄想やら、革のストラップやら、窓の鉄格子やら、手の指と脚の痺れやら」。帯に短し襷に長し、という感じだ。
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「ウィスキーは、おそらくアルコール中毒治療二日間コースの一部だろう」は<The whiskey was probably part of somebody's forty-eight hour liquor cure>。清水氏は「ウィスキーはおそらく、同じ目的のために用いられたものであろう」と訳しているが、これはおかしい。原文には<liquor cure>と書かれている。村上訳は「ウィスキーはたぶん四十八時間アルコール中毒治療のための道具のひとつなのだろう」。

「剥き身で百九十ポンド、洗顔済み」は<One hundred and ninety pounds stripped and with your face washed>。清水訳は「百九十ポンド」とだけ。村上訳は「服を脱いで顔もきれいに洗って、体重が八十五キロある」。ここは、ボクシングのリングアナウンサーのスタイルをまねた、マーロウの台詞だろう。試合前の体重測定のことをいっているのだと思うが、どうだろう。

「大量の麻薬を打たれ、頭の中で二匹のネズミがワルツを踊りだすまで監禁された。これがいったい何を意味するのか? お定まりの仕事だ」は<You've been shot full of hop and kept under it until you're as crazy as two waltzing mice. And what does all that amount to? Routine>。清水訳は「そして、注射で眠らされた」と大幅カット。村上訳は「薬物漬けになり、頭はたが(傍点二字)が外れて、ワルツを踊っている二匹のネズミみたいな有様だ。さて、私にとってそれは何を意味するのだろう? 日常業務(傍点四字)だ」。<keep under>は「(暴動などを)抑える、監視する」の意味だが、村上訳からはそのニュアンスが伝わってこない。

「では、そろそろ本気でタフな仕事にとりかかろうか、ズボンを穿くというのはどうだ」
は<Now let's see you do something really tough, like putting your pants on>。清水訳は「さあ、このへんで、何とか、眼にもの見せてくれないか」。自虐的なユーモア.がすっぽり抜け落ちてしまっている。村上訳は「よろしい、そろそろ掛け値なしにタフな仕事に取り組もうじゃないか。たとえばズボンを履くとか」訳はいいのだが、「履」という漢字は、履物に使うのではなかったか。下半身に身に着ける場合は「穿く」だと思うのだが。

「私は上体を起こした。いささか飽きが来ていた」は<I sat up. This was getting to be stale>。清水氏はここをカットしている。この<I sat up>は、これで三度目。次に「四度目」と出てくるので、一回分、抜いたことになる。これはマズい。村上氏は「私は身を起こした。うまく力が入らない」と訳している。<stale>は「新鮮でない、古くなった」という意味だ。氏はからだの状態と解釈しているようだが、この<this>は、上体を起こして歩く行為を指しているのではないだろうか。

「神経質な猫みたいにどきどきする」は<Makes your heart jump like a nervous cat>。清水氏はここもカット。村上訳は「神経質になった猫みたいに心臓がばくばくする」だ。<make someone's heart jump>は「(人)の心を刺激する」という意味。

「花瓶をひっくり返すこともできない。爪ひとつ切れやしない」は<I couldn't knock over a flower vase. I couldn't break a fingernail>。清水氏は二つ目の文をカットして「花瓶を倒すこともできないんだ」としている。村上氏は「花瓶をノックアウトすることもできない。爪を折ることだってむずかしそうだ」と訳している。<knock over>はただ「ひっくり返す」という意味。手をすべらせるだけのことで、わざわざ「ノックアウト」する必要はない。また、爪は「切る」もので、カセットテープでもなければ、折ったりはしない。

「洗面台まで行き、きれいに洗い流し、そこに寄りかかって、掌から水を飲んだ」は<I went over to the washbowl and rinsed it out and leaned on it and drank water out of the palm of my hand>。清水氏は「私は洗面台へ行って口をすすぎ、水を手のひらに掬(すく)って飲んだ」と訳している。たしかに<rince out>は「うがいする」ことだが、<rinsed it out >の間に挟まっている<it>は、その前の<washbowl >でしかありえない。村上訳は「洗面台まで行って、それをきれいに洗い、身を屈め、手のひらで水をすくって口に入れた」。ちなみに<lean on>は「もたれる、寄りかかる」の意味で「前屈みになる」は<lean forward>だ。

「歩いてベッドに戻った。愛らしいベッドだった」の後からこの章の終わりまでの清水訳は「私はベッドに戻った。歩きまわった後だったので、寝心地のいいベッドだった。カロル・ロンバードから手に入れたようだった。しかし、今は眠っている時ではない。何とかして、この部屋から抜けださなければならないのだ」で終わっている。これでは「超訳」だ。清水氏は、こういう部分は単なる文飾だと思って訳出しなかったのだろう。村上訳が出るまで、日本の読者はこの部分の存在を知らずに小説を読んでいたわけだ。

その意味で、村上氏による新訳が出たのはとても有意義だった。閑話休題。「薔薇の花弁で作られていた」は<It was made of roseleaves>。村上氏は「それはバラの葉で作られている」と訳している。<roseleafe>には村上氏が訳したように「バラの葉」の意味がある。しかし、同様に「バラの花弁」という意味もある。<the most beautiful bed in the world>(世界一美しいベッド)を喩えるとしたら、果たして、どちらが最適だろうか。