HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

『大いなる眠り』註解 第十章(3)

《しばらくして私は言った。「重さに気をつけてくれよ。そいつは半トンまでしか試してないんだ。その代物、どこに運ぶんだ?」

「ブロディ。405号室だ」彼はうなった。「あんた管理人か?」

「そうだ。戦利品の山みたいだな」

彼は白目がちの薄青い眼で私をにらみつけた。「本だ」彼はうなるように言った。「一箱百ポンド。心配には及ばんよ。俺は七十五ポンド余分に背負ってるが」

「いいだろう。重さには気をつけてくれよ」私は言った。

 彼は六個の箱と一緒にエレベーターの中に入って扉を閉めた。私は階段を上り、ロビーに引き返して通りに出ると、待たせていたタクシーでダウンタウンにある私のオフィスに帰った。私は新顔の青年に余分に金を渡した。彼は使いこんだ名刺をくれた。私は今回に限り、エレベーターの横にある砂の入ったマヨルカ焼の壺の中に捨てなかった。

 私は裏通りに面した七階に広すぎる部屋を持っていた。その半分をオフィスにし、二つに仕切ることで応接室を設えたのだ。他に何も書かず名前だけ掲げた。名前があるのは応接室だけだ。鍵はいつもかかっていない。依頼人が来たときのためだ。依頼人が座って待とうと思ったときのために。

 依頼人が一人待っていた。》

 

「白目勝ちの薄青い眼で」は<pale white-rimmed eyes>。双葉氏はずばり「三白眼みたいな目で」と書いている。村上氏は「縁が白くなった淡青色の目で」と訳している。白目に対して虹彩部分が比較的小さいのだろう。村上氏の訳では虹彩部分の縁が白くなっているように読める。

 

「一箱百ポンド。心配には及ばんよ。俺は七十五ポンド余分に背負ってるが」は<A hundred pounds a box, easy, and me with a seventy-five pound back.>。これを双葉氏は「一箱百ポンド、おれが乗っても、七十五ポンド余る。安心しな」と訳している。100ポンドが約45キログラムとして、六箱で270キログラム。75ポンドを34キログラムとすると、304キログラムだ。500-304=196。マーロウの体重が86キログラムである。男の体重が二百キロ弱というのはあり得ない。

 

村上氏は「一箱当たり五十キロ弱だから、問題ないさ。俺はそこに三十五キロばかり肉が余分についているが」だ。今回ばかりはキログラム換算してくれている村上訳がありがたい。トンというキログラム単位とポンドがごっちゃに出てくるとお手上げだ。<back>の訳し方で、こうも訳がちがってくるという見本。村上訳なら男の体重は85キログラムで、ほぼマーロウと同じだ。

 

「彼は使いこんだ名刺をくれた」は<he gave me a dog-eared business card>。双葉氏は何故か<dog-eared>を飛ばして、「彼は商売用の名刺をくれた」と訳している。村上氏は「彼は角の折れた名刺をくれた」と訳している。業務用にポケットに突っこんでいるので端が折れてしまっているのだ。そんなもの、いつもは捨ててしまうのだが、今回は共に苦労したので、すぐに捨てるには忍びなかったのだろう。マーロウのこういうところが好きだ。

 

「私は裏通りに面した七階に広すぎる部屋を持っていた」は<I had a room and a half on the seventh floor at the back.>。双葉氏は「私は七階の裏側に一部屋半の事務所を持っていた」。村上氏は「そのビルの七階の、通りに面していない側に、私は一部屋半のオフィスを構えていた」。私は、この「一部屋半」が気になって仕方がなかった。双葉氏の続きを読んでみよう。「半というのは、一部屋を半分に仕切って応接室にしてあるからだ」。村上氏も同じく「半分というのは、待合室として使えるように、一つのオフィスを真ん中から二つに区切ったものだ」と説明している。

 

原文は<The half-room was an office split in two to make reception rooms.>だ。直訳すれば、「半分の部屋(という訳)は、オフィスを応接室を作るために二つに割った(からだ)」だ。半分の部屋を二つ合わせても、元の一部屋で、一部屋半ということの説明にはならない。では、両氏ともなぜ「一部屋半」などという半可通な広さを持ち出したのか?もちろん、問題になるのは<room>の後に< and a half >がくっついているからだ。

 

実はこの< and a half >だが、<and> の前に<a> つきの名詞が来ると「 大きな、 すばらしい」の意味になる。例えば、<a car and a half>「( 大きな、すばらしい)車」というように「称賛」の意味が加わるのだ。また、逆にけなして「多すぎて、非常に大量の、超がつくほど.の」という意味にもなる。

 

原文をよく見てみよう。ちゃんと<a room and a half >と書いてある。まさか、例文を「一台半の車」と訳す翻訳家はいまい。でもいたんですねえ。なんと二人も。おそらく村上氏は双葉氏の訳に引きずられたんだろう。私の場合、まずは辞書を頼りに自力で訳すことにしている。それでも無理なときはお二人の訳を参考に見るようにしている。今回は、どう考えても計算の合わないのが気になった。そこで、< and a half >で検索してみると、上記の説明に出くわした。双葉氏の時代には電子辞書はなかったろうから無理もないが、村上氏は電子辞書をお使いのようだ。魔が差したのだろう。

『大いなる眠り』註解 第十章(2)

《私は店を出て、大通りを西に向かい、角を北に折れ、店の裏側を走る小路に出た。黒い小型トラックがガイガーの店の裏をふさいでいた。荷台の側板は金網で、字は書いてない。新品のオーバーオールを着た男が尾板の上に箱を持ち上げていた。私は大通りへ引き返し、ガイガーの店から一つ先のブロックで、消火栓の前に停まっているタクシーを見つけた。新顔の青年が運転席でホラー雑誌を読んでいた。窓から覗きこみ、一ドル札を見せた。「尾行の仕事だが?」

彼はじろっと私を見た。「警察かい?」

「私立探偵だ」

 彼はにやりとした。「俺の特技だよ。探偵さん」彼は雑誌をルームミラーの後ろに押し込み、私はタクシーに乗り込んだ。我々はブロックを一回りして、ガイガーの店の小路の向かい側の、やはり消火栓の横に車を停めた。

 オーバーオールの男が網戸のついたドアを閉め、尾板を閉めて運転席に座ったとき、トラックの上にはおよそ一ダースほどの箱があった。

「あいつをつけてくれ」運転手に言った。

 オーバーオールの男はエンジンを吹かすと、小路のあちこちに目をやり、一目散に反対方向へ走り出した。彼は小路を抜けると左折した。我々もそれに倣った。トラックが東に曲がり、フランクリン通りに入るのがちらりと見えた。私は運転手にもう少し近づけと言った。彼はそうしなかった。できなかったのかもしれない。フランクリン通りに入ったとき、二ブロック離されていた。ヴァイン通りまでは視野の裡だった。ヴァイン通りを渡り、ウェスタン通りに向かう間もずっと。ウェスタン通りから先は二度ばかり目にしただけだ。交通量が多く、新顔の青年は距離を空け過ぎていた。歯に衣着せずに注意していたとき、はるか前方のトラックが再び北に曲がった。曲がった先はブリタニー・プレイスと呼ばれる通りだった。我々がそこに着いたとき、トラックの姿はなかった。

 新顔の青年はパネル越しに慰めの声をかけ、時速四マイルでのろのろと丘を登り、我々は茂みの陰にトラックがいないか探した。二ブロック進んだところで、ブリタニー・プレイスが東に湾曲してランドール・プレイスにぶつかる、舌のように突き出した土地に、真っ白なアパートが建っていた。玄関はランドール・プレイスに、地下駐車場はブリタニー・プレイスに面していた。そこを通り過ぎ、新顔の青年がトラックはそんなに遠くへ行けないはずだとしゃべっているちょうどその時、私は見た。駐車場のアーチ型入り口を通して薄闇の奥に、それが再び尾板を開けているのを。

 我々はアパートの玄関に回り、私はそこで降りた。ロビーには誰もおらず、電話の交換台もなかった。鍍金された郵便受けパネルの横の壁に木の机が設置されていた。その上にある名前にざっと目を通した。ジョセフ・ブロディという名の男が405号室にいた。ジョー・ブロディという男が、カーメンとの遊びをやめ、他に遊び相手を見つける条件で、スターンウッド将軍から五千ドル受け取っている。これがそのジョー・ブロディかもしれない。私は運が向いてきたのを感じた。

 壁の角を曲がり、タイル張りの階段と自動エレベーターのシャフトのあるところに出た。エレベーターの屋根は床と同じ高さだった。シャフトの傍に「駐車場」と書かれたドアがあった。私はドアを開け、狭い階段を地階に下りた。自動エレベーターはつっかい棒がされており、新品のオーバーオールの男がぶつぶつ言いながら重い箱を中に積み上げていた。私は彼の傍に立って煙草に火をつけ、彼を見た。彼は私が見ていることが気に入らないようだった。》

 

ガイガーの店から木箱を運び出すトラックを追跡する場面だ。黒い小型トラックには特徴がある。<A small black truck with wire sides and no lettering>というものだ。<wire side>は「金網」のことだが、ここを双葉氏は「針金を張りまわした小さな黒いトラック」と訳している。幌を張るための骨組みに使う針金と取ったのだろう。でも、そうすると次の<no lettering>がうまく続かない。村上氏は「トラックの両側面は金網になって、名前も何も書かれていない」と訳している。金網には字が書けない。側面を金網張りにしたトラックというものを見た記憶がないが、当時のアメリカにはあったのだろうか。画像で検索してもこれだ、と思うものに出会えなかった。

 

尾行のためにつかまえたタクシーの運転手を、チャンドラーは<fresh-faced kid>と書いている。双葉氏は「生き生きした顔色の、若い運転手」、村上氏は「初々しい顔立ちの青年」と訳している。最初だけならこれでもいいだろうが、名前を知らない運転手について言及するたびに、<fresh-faced kid>が出てくるのだ。これをいちいち両氏のように訳していたのでは相当に間延びしてしまう。そこで「新顔の青年」と訳した。顔色でも顔立ちでもなく、初めて見た顔としたのだ。新入生のことをフレッシュメンと呼ぶ。ニューフェイスという言葉もあるではないか。

 

その運転手が探偵だと名乗ったマーロウに言う言葉は<My meat,Jack.>。<my meat>には、男性器の意味もあるが、ここでは「得意、強み」の意味だろう。<Jack>は、アメリカでは警官や探偵を表す符牒だ。双葉氏は「なら話が合うよ、旦那」としている。「話が合う」と訳したのは、<meat>に「(話や議論などの)要点、本質」の意味があるからだろう。村上氏は「面白そうだ」と意訳している。<meat and potato>で「好きなもの」を意味する場合もあるから、「大好物だ」などの訳語も可能だろう。

 

「オーバーオールの男が網戸のついたドアを閉め、尾板を閉めて運転席に座ったとき」は<when the man in overalls closed the screened doors and hooked the tailboard up and got in behind the wheel.>。双葉氏は「彼は尾板を閉めると、運転台に乗った」と訳して、<the screened doors and hooked>の部分を落としてしまっている。ありがちなミスだ。車のドアと勘違いしたにちがいない。<screened door>は「網戸」。なぜ複数になっているのかが、ちょっと疑問だが、網戸だけでは不用心で、板戸とペアになっている扉はよく目にするから、複数なのかもしれない。村上氏は「金網の入った裏口の扉を閉め。トラックの後部板を固定し、運転席に乗り込んだとき」と訳している。複数にこだわる村上氏が、何故ここはスルーなのか?ちょっと分かりかねる。

 

次々と通りの名前が出てくるが、LA在住者なら手に取るように分かるのだろう。後部座敷のマーロウが「歯に衣着せずに注意していたとき」は、<I was telling him about that without mincing words>。双葉氏は「私が手まねで急げと言おうとしているとき」、村上氏は「私がそのことを、曖昧な言葉抜きで運転手に注意しているときに」と訳している。たしかに<mincing words>は「曖昧な言葉」ではあるのだが、<without mincing words>とワンセットで「言葉を選ばずに、歯に衣を着せずに」という意味だ。双葉氏の手まねも、後部座席からでは難しかろう。運転手は前を見ながらバックミラーを見なければならない。率直に言葉で言ってもらう方が有難かろう。 

 

「そこを通り過ぎ、新顔の青年がトラックはそんなに遠くへ行けないはずだとしゃべっているちょうどその時、私は見た。駐車場のアーチ型入り口を通して薄闇の奥に、それが再び尾板を開けているのを」は<We were going to past that and the fresh-faced kid was telling me the truck couldn’t be far away when I looked through the arched entrance of the garage and saw it back in the dimnes with its rear doors open again.>。

 

双葉氏は「そのアパートを通りすぎようとしたとき、車庫のアーチ型の入り口を通して、薄暗がりの中に、トラックが尾板をあけておさまっているのが見えた」と青年の気休めの言葉をまるきりカットしている。直接話法ではなく間接話法になっているので、単に読み飛ばしたのだろうか?村上氏は「その車庫の入り口の前を通りすぎながら、あのトラックはそう遠くには行ってないよと童顔の運転手が言ったまさにそのとき、そのアーチ形をした入り口の薄暗い奥に、件のトラックの姿が見えた。その後部板はまた開かれていた」だ。

 

お気づきだろうか。<fresh-faced kid>の部分を、村上氏は「童顔の運転手」と訳し直している。「初々しい顔立ちの青年」という長ったらしい訳を使ったのは最初だけで、その後はずっと「童顔の運転手」を使っている。それならはじめからそうすればいい。双葉氏は律儀に「いきいきした顔色の運ちゃん」、「いきいきした顔の若い運ちゃん」と書いている。<fresh-faced kid>は、代名詞のようなものだ。そのたびに訳語を変更したなら意味がなくなってしまう。

 

ここで一つ疑問がある。<rear doors>だ。これがトラック後部にあるヒンジ留めで下に開く<tailboard>を意味しているなら、なぜここは複数になっているのだろう?双葉氏は「尾板」、村上氏は「後部板」と訳している。つまり、<tailboard>と考えているわけだ。<rear doors open again>とあるからには、前にも開いていると書かれてなければならない。前に開いていたのは<tailboard>だけである。一つ考えられるのは、尾板の上部に観音開き状の後部扉がついたパネルトラックだった可能性である。そんな車があるのかどうかよくは知らないが、そうでもなければ解決がつかない。チャンドラーのミスという可能性もないではないが。

 

「私は運が向いてきたのを感じた」と訳したところは<I felt like giving odds on it.>。双葉氏も「どうやら私にも運が向いたらしい」と、訳している。村上氏は「おそらくそうだろうという気がした」と訳している。<give odds>は「ハンディキャップを与える」という意味なので、ジョー・ブロディがジョセフ・ブロディであるという考えの方がオッズが高くなる。つまり確率が高い。村上氏の訳は原文をほぐしていこうという意図を持つので、こうなるのだろう。たしかによく分かるが、面白みが失せる気がする。オッズという語に賭け事をほのめかすくらいの遊び心は持ちたいものだ。

 

「自動エレベーターのシャフト」とわざわざ書いているのは、映画などで見かける、金属製の格子が前についている中が素通しの昇降路のことだろう。わざわざ自動とあるのは、係員がいないので、自分で操作するようになっているからだ。その金網越しにエレベーターの屋根が見えているわけだ。現在のように両開きのドアで目隠しされたエレベーターを想像すると理解不能の記述である。なぜエレベーターが地階に止まったままなのか、次の文で分かる仕掛けになっている。

 

「自動エレベーターはつっかい棒がされており」は<elevator was propped open>。< prop>は「つっかい棒をする」という意味だ。ここを双葉氏は「自動昇降機の口を開け」とだけ書いているので、どうして開いたままでいられるのかよく分からない。村上氏は「自動エレベーターはつっかい棒で閉じないようにされ」と詳しい。これでこそ村上訳だ。

『大いなる眠り』註解 第十章(1)

《長身で黒い眼をした掛売りの宝石商は、入口の同じ位置に昨日の午後のように立っていた。中に入ろうとする私に同じように訳知り顔をしてみせた。店は昨日と同じだった。同じランプが角の小さな机の上に点り、同じ黒いスウェードに似たドレスを着た、同じアッシュブロンドが、その後ろから立ち上がり、こちらに向かってきた。同じためらいがちな笑みを顔に浮かべて。

「何か――?」彼女は言いかけて止めた。銀色の爪が彼女の脇でぴくぴく動いた。微笑には緊張が隠れていた。全然微笑になっていなかった。しかめっ面だ。彼女が微笑と思っているだけだった。

「また来たよ」私は浮き浮きと楽しそうに、煙草を揺らせた。

「ガイガー氏は、今日はいるかい?」

「申し――申し訳ありません。留守にしております――申し訳ありません。あのう――ご用件は……?」

私はサングラスを外し、そっと左手首の内側を軽く叩いた。百九十ポンドはあろうかという体をして「薔薇」に見えるよう、私はベストを尽くしていた。

「ただの口実だったんだ。あの初版云々は」私は囁いた。「用心しなきゃいけなくてね。私は彼の欲しがる物を持っている。前からずっと欲しがっていた物だ」

 銀色の爪が、小さな黒玉の飾りのついた耳の上の金髪に触れた。「ああ、セールスの方ね」彼女は言った。

「そうね――お差支えなければ明日いらして下さい。明日ならいると思います」

「とぼけたことは言いっこなしだ」私は言った。「こっちも商売でね」

彼女の眼は細まった。微かに緑色を帯びた煌きが見えるところまで。まるで樹々の蔭に包まれた遥か森の奥の泉のように。彼女の指は掌を掻いていた。彼女は私をじっと見つめ、息を殺していた。

「彼は体の具合でも悪いのか?なんならお宅に伺ってもいい」私はじれったそうに言った。「いつまでも待ってはいられないんだ」

「あのう―いえ――あのう――でも」彼女は喉をつまらせた。彼女は鼻から倒れそうに見えた。全身が震え、顔は花嫁のパイ皮のようにまとまりを欠いていた。彼女はまるで重い物を持ち上げるように全力を尽くしてゆっくりとそれを再びまとめた。微笑が戻った。一部に不出来な部分はあるにしても。

「いいえ」彼女は息を継いだ。「いいえ、彼は街を出ております。お役には――立てないでしょう。如何でしょうか――明日――ということで?」

 私が口を開けて何か言おうとした時、仕切扉が三十センチほど開いた。長身黒髪で胴着を着たハンサムな若者が顔をのぞかせた。青ざめた顔に唇を引き結び、私を見ると、急いで扉を閉めた。だが、その前に私は見た。彼の後ろの床の上の大量の木箱を。その中には隙間を新聞紙で埋めた本が乱雑に詰め込まれていた。真新しいオーバーオールを着た男が大騒ぎで作業中だった。ガイガーの在庫の一部は引っ越しの最中だった。

 扉が閉まると、私はサングラスを元に戻し、帽子に手をかけた。「明日、また来よう。名刺を置いていきたいところだが、事情は分かってるね」

「あ、はい。分かります」彼女は少し震えながら、艶やかな唇の間で息を吸う微かな音を立てた。》

 

「何か――?」のところを双葉氏は「なにか――」としているが、村上氏は「ひょっとして……」と意訳している。原文は<Was it――?>だが、この章の冒頭からチャンドラーが意識しているのは、この店の様子がすべて昨日と同じであるということだ。執拗と思えるほど<same>を響かせているし、アッシュブロンドの女の着ている服まで昨日と同じである。つまり、すべてはルーティンだということだ。女の科白もおそらくいつも決まっているのだろう。それが<Was it something?>「何か御用ですか?」だ。双葉氏の場合なら「何かご用ですの?」。村上氏なら「なにかご用でしょうか?」である。

 

つまり、女はいつもの科白を言いかけて途中でやめたのだ。多分マーロウの顔に見覚えがあったからだろう。だとしたら、マーロウに気づくまではいつも通りの科白を吐かなくてはならない。それが小説の文法というものだ。双葉氏はひらがなに変えてはいるがセオリー通り「なにか」を使っている。村上氏は何故ここを別の言葉に変えたのだろうか?しつこいほどの繰り返しに気づかない村上氏でもあるまいに。

 

女の態度が明らかにおかしい。動揺が隠せない。「申し――申し訳ありません。留守にしております――申し訳ありません。あのう――ご用件は……?」と訳したところ原文は<I’m― afraid not.― No― I’m afraid not. Let me see― you wanted…?>。<I’m afraid not>は、相手の意に反した答えを言うときの丁寧な言い方である。ざっくりとした言い方をすれば<No>だ。だから女のしどろもどろな言い方を再現すればいいわけで、双葉氏は「おいでに……おいでにならないと思います。あのなにか……?」とあっさり訳す。これでいいのだと思う。村上氏は一字一句訳さないと気が済まない完璧主義だから「あの――いらっしゃいません。いいえ――いらっしゃいません。ええと――どんなご用件でしょうか……?」。

 

「百九十ポンドはあろうかという体をして「薔薇」に見えるよう、私はベストを尽くしていた」は<If you can weigh a hundred and ninety pounds and look like a fairy, I was doing my best.>だ。この<a fairy>(妖精)が曲者で、男性同性愛者を表す俗語である。双葉氏はここを「一九〇ポンドも体重がある男に仙女のまねはむずかしいが、私は相当うまくやってるつもりだった」と、語の本義を使って訳している。村上氏は今風に「体重が八十六キロありながら、しかもゲイのように見せかけるために、私はベストを尽くした」だ。「妖精」に当てはまりそうな日本語を探したのだが、ぴったりくるものが見つからなかった。「薔薇」は、当然「薔薇族」を意味している。あの雑誌を知る者がまだいるかどうかは疑問だが、「妖精」という美しい隠語を使った表現を「ゲイ」とバラしてしまうのはちょっと残念なのだ。

 

「顔は花嫁のパイ皮のようにまとまりを欠いていた」は< her face fell apart like a bride’s pie crust.>。双葉氏は「顔は花嫁が食べかけたパイのかけらみたいにゆがんだ」。村上氏は「その顔はまるで新妻が馴れぬ手で焼いたパイの皮のようにぼろぼろに崩れていた」と、解説を加えている。なるほど、と思う訳ではあるのだが、<bride’s pie crust>をネットで検索するとアメリカのパイの一種として紹介されている。ただ、かなり古いもののようでレシピはあっても画像がアップされていない。という訳で、比喩として使われているパイの実像が分からない以上、ここはそのまま訳すしかない。

『大いなる眠り』註解 第九章(6)

 《オールズは顎を私の方に向けて言った。「彼を知ってるのか?」

「ああ。スターンウッド家の運転手だ。昨日まさにあの車を磨いてるところを見かけた」

「せっつく気はないんだがな、マーロウ。教えてくれ。仕事は彼に何か関係があったのか?」

「いや、彼の名前さえ知らない」

オーウェンテイラーだよ。なぜ知ってるかって?面白いことに、一年ほど前にマン法で逮捕したことがある。あいつはスターンウッド家の跳ねっ返りを、妹の方だよ、ユマへ連れ出したらしいんだ。姉が追いかけて連れ戻し、オーウェンは豚箱入り。さて次の日、姉が検事局にやってきて小僧を釈放してほしいと検事に頼んだ。彼女の言うには、小僧は妹と結婚するつもりだったが、妹が分かってなかった。妹は箍を外してどんちゃん騒ぎがしたかっただけだと。それで釈放したんだが、忌々しいことに一家はあいつを復職させたんだ。それからしばらくして、我々は彼の指紋に関して通例の報告をワシントンから受け取った。彼には前があった。六年前にインディアナで強盗をやらかしたんだ。彼は半年間、あのデリンジャーが脱走した郡刑務所にくらいこんでた。我々はこの件を伝えたが、スターンウッド家はあいつを雇い続けている。「どう思うね?」

「おかしな一家だ」私は言った。「昨夜のことについて彼らは知ってるのか?」

「いや、俺は今から彼らに会いに行かねばならない」

「老人だけはそっとしておいてやってほしい。出来ればだが」

「どうしてだ?」

「彼はただでさえ揉め事を抱えているし、病気でもある」

「リーガンのことを言ってるのか?」

私は顔をしかめた。「私はリーガンについては何も知らない。言ったはずだ。私はリーガンを探していない。私の知る限りリーガンは誰にも迷惑をかけていない」

オールズ「ああ」と言いながら、考えに耽るように海をじっと見た。それでセダンは道を外れかけた。そのあとは街に着くまで、ほとんどしゃべらなかった。彼はハリウッドのチャイニーズ・シアターの近くで私を降ろし、アルタ・ブレア・クレセントのある西の方へ引き返した。私はカウンターに凭れてランチを食べ、夕刊に目をやったが、ガイガーについては何も載っていなかった。

 ランチが終わってから、私はブルバードを東へ歩いてもう一度ガイガーの店を見に行った。》

 

あまり問題になる箇所はない。オールズの話の中で一箇所だけ訳が異なるところがある。原文はこうだ。<She says the kid meant to marry her sister and wanted to, only the sister can’t see it.>。双葉氏はここを「若造は妹と結婚するつもりで連れ出したんだが、姉の自分はその事情を知らなかったという言い草さ」と訳している。<sister>が、二度出てくる。姉か妹か分かりにくいかもしれない。しかし、ちゃんと読めば分かるように書かれている。

 

村上氏の訳を見てみよう「彼は妹と結婚したがっており、本気で夫婦になるつもりだったのだが、妹の方にはそんな気持ちはさらさらないのだ、と彼女は言う」だ。これは村上氏の訳が正しい。先に出てくる<sister>の前には<her>がついているので前後から「彼女の妹」と分かる。次の<sister>の前には<the>がついているので「話題の」人物の方であることが分かる。つまり「妹」のことだ。それでは妹はどう思って男についていったのか?

 

<All she wanted was to kick a few high ones off the bar and have herself a party.>。作者もここでいう「彼女」が分かりにくいと思ったのだろうか<she>をイタリックにしている。双葉氏はここを「大山鳴動して鼠一匹というところだ」と、大胆な意訳をしている。ここの<she>を姉妹のどちらと取るかで、意味は変わってくるはずだが、この一文も後半はともかく、前半の< kick a few high ones off the bar>はあまり馴染みのない文句なので、出来合いの文句にパラフレーズさせて良しとしたのではないだろうか。村上氏は「妹はただ羽目を外して、派手に遊びまわりたかっただけなのだと」とやはり意訳している。直訳すれば「高い方のバーを少し蹴っ飛ばして」となるから、「障害を取り払う」の意味だととったのだろう。

 

「私はカウンターに凭れてランチを食べ、夕刊に目をやったが、ガイガーについては何も載っていなかった」は<I ate lunch at a counter and looked at an afternoon paper and couldn’t find anything about Geiger in it.>。双葉氏は「私は簡易食堂でランチを食い、夕刊を一枚読んだが、ガイガーの記事はなかった」。村上氏は「私は簡易食堂で昼食をとり、午後刷りの新聞を見た。ガイガーに関係した記事は見当たらなかった」だ。二人とも「カウンター」のことを「簡易食堂」と訳しているが、そもそも「簡易食堂」とは何のことだろう。

 

調べたところ、大正時代に都が作った、安い値段で食べられる食堂のことを指すらしい。そんなものがアメリカにあるはずもないが、双葉氏の年代には、それで喚起するイメージがあったのかもしれない。しかし、村上氏の場合はどうだろうか。逆に「簡易食堂」で検索すると<lunch counter>という言葉がひっかかった。「(カウンター式)軽食堂」という訳語が記されていた。これなら分かる。分かるが、軽食堂というのも古臭い。

 

どんなランチか詳しく書いていないが、一番ありそうなのはホットドッグ・スタンドで出来立てをパクついたのをわざと「ランチ」と洒落て見せたのではないだろうか?それとも「ダイナー」くらいには行ったのか?とにかく、カウンターのある店だ。それに新聞を<read>ではなく<look>しているところから見て、あまり時間をかけてはいないことが分かる。椅子に座ったかどうかさえ書いていないのだ。知らないことについては書かないという鉄則で上記のように訳しておく。

 

<afternoon paper>を村上氏は「午後刷りの新聞」と文字通りに訳しているが、アメリカにはそういうものがあるのだろうか?一部の辞書には「夕刊」という訳語があるので、それに従うことにした。双葉氏がめずらしく、単数、複数にこだわって、「夕刊を一枚」と訳しているのが面白い。村上氏は複数の場合にはこだわりを持つが、単数の場合はそれほどでもないようだ。それより<look>の方を気にして「新聞を見た」と律儀に訳している。(第九章了)

『大いなる眠り』註解 第九章(5)

《眼鏡をかけて疲れた顔をした小男が黒い鞄を下げ、桟橋を降りてきた。彼は甲板のまずまず清潔な場所を探し当て、そこに鞄を置いた。それから帽子を脱ぎ、首の後ろをこすりながら海を眺めた。まるで何をするためにここに来たのかを知らないかのように。

 オールズが言った。「お客さんはそこにいるよ、先生。昨夜桟橋から落ちたんだ。九時から十時の間だろう。分かってるのはそれくらいだ」

 小男はむっつりと死んだ男を見た。彼は頭に指をかけ、こめかみの傷跡をじっと見た。両手で頭を動かし、男の肋骨に手を当てた。だらんとした死人の手を持ち上げ指の爪をじっと見た。彼は手を放し、それが落ちるのを見た。鞄のところに戻るとそれを開け、「到着時死亡」と印刷された書類一式を取り出すとカーボン紙を敷いた上から書き始めた。

 「明らかに首の骨折が死因だ」書きながら、彼は言った。「という事は、あまり水は飲んでいない。という事は、空気に触れたことで死後硬直が急速に進行中といえる。硬直しきる前に車から出した方がいい。硬直後に動かしたくはないだろう」

 オールズは頷いた。「死んでからどれくらいたちます?先生」

「私には分からんよ」 

 オールズは素早く彼を見て、口から葉巻をとり、一瞥をくれた。「お目にかかれて何よりです、先生。五分以内に判断がつかない検死官にかかっちゃお手上げだ」

 小男はむすっとした顔でにやりと笑い、鞄の中に書類綴りを入れ、鉛筆をヴェストに戻しクリップで留めた。「もし彼が昨夜夕食を食べてれば、教えられるがね――何時に食べたかが分かればだよ。しかし、五分以内には無理だ」

「傷跡はどうやってできたんです――落ちたときですか?」

 小男はもう一度傷跡を見て、「そうは思わんね。これは何か覆われた物で殴打されたんだ。生きているうちに皮下出血している」

ブラックジャックですか?」

「可能性は高い」

 小柄な検死官は頷くと、鞄をつかみ甲板を降りて桟橋への階段を上った。救急車がスタッコ塗りのアーチの外にバックで入りかけていた。オールズは私を見て言った。「行こうか。無駄足だったな?」

 我々は桟橋に沿って戻り、オールズのセダンに乗り込んだ。彼は力業でハイウェイの方に車の向きを変え、雨がきれいに洗い流した三レーンのハイウェイを町の方に引き返した。低く緩やかな起伏を見せる丘を通り過ぎた。黄味がかった白い砂地にピンク色の苔が段をつくっていた。海の方には数羽の鴎が波の上の何かに襲い掛かろうと輪をかいていた。沖合には白いヨットが、空に吊るされているように見えた。》

 

小男の検死官とオールズのやり取りが見もの。早く結果を知りたい捜査官とルーティン・ワークを卒なくこなす検死官の間に火花が散る。「硬直後に動かしたくはないだろう」の部分は<You won’t like doing it after.>。双葉氏は「あとだとせわがやけるよ」。村上氏は「そうしないと素直に車から降りてくれなくなるぞ」だ。両氏ともかなりの意訳を試みている。こういう何という事のない文をどう訳すかが、訳者の腕の見せ所なのかもしれない。

 

「五分以内に判断がつかない検死官にかかっちゃお手上げだ」は<A coroner’s man that can’t guess within five minutes has me beat.>。双葉氏は「五分以内で判断がつかない監察医に会っちゃ、僕もぺしゃんこだ」。村上氏は「五分以内におおよその検討をつけられない検死医に会うと、一日が薄暗くなる」と訳している。<has me beat>に、そんな意味があるのだろうか?スラング辞典でも出てこない訳だ。

 

ブラックジャックですか?」<Blackjack, huh?>の後の<Very likely.>を例によって双葉氏は省略している。頷いているからいいだろうと思ったのか。「行こうか。無駄足だったな?」は<Let’s go. Hardly worth the ride, was it?>。双葉氏は「行こうや。はるばる車を飛ばしてくるだけの値打ちはなかったな」。村上氏は「さあ、引き上げようぜ。わざわざ出向いた甲斐はあまりなかったみたいだな」だ。両氏の訳文に文句をつける気は毛頭ないが、原文の簡潔さを引き写すような訳がしたいと思っている。

 

次の「彼は力業でハイウェイの方に車の向きを変え」の「力業」という語もそうだ。原文は<He wrestled it around on the highway>だが、双葉氏は「彼は国道で車をまわし」とあっさり訳してしまっている。<wrestle>(組み打ちする・格闘する)というオールズの悪戦苦闘ぶりを訳さないのは惜しい。村上氏は「彼は半ば強引にその車をハイウェイまで進め」とさすがに<wrestle>を生かして訳しているが、レスリングを想起させる<wrestle>の訳語としては「力業」の方がぴったりくると自分では思っている。何度も言葉を置き換え、やっとおさまった時のすっきりした気持を味わうのが、ここのところ愉しみになっている。

 

逆に、今一つ納得がいかないのが「ピンク色の苔」と直訳した<pink moss>だ。双葉氏は「桃色の茨(いばら)」としているが、<moss>に「茨」の意味はない。もっともひっくり返して< moss pink >とすると「芝桜」の画像がひっかかるから、苔のように一面に地を覆う植物なら、<moss>という語を使う例があるのかもしれない。因みに村上氏も「ピンク色の苔」としている。おそらく、それより外に訳し様がなかったのだろう。

『大いなる眠り』註解 第九章(4)

《「あそこから落ちたんですよ。かなりの衝撃だったにちがいない。雨はこの辺では早いうちにやんでます。午後九時頃でしょう。壊れた木の内側は乾いている。これは雨がやんだ後を示しています。水位のある時に落ちたので、ひどく壊れてはいません。潮が半分引く以前なら遠くまで流されていたでしょうし、半分以上引いた後だったら杭近くにいたでしょう。ということは昨夜の十時を回った頃です。もしかしたら九時半頃かもしれませんが、それより前ではありません。今朝、魚を釣ろうとやってきた奴らが水の下にある車を見つけました。それで、ウィンチ付きの艀を調達して引き揚げたところ死体が見つかったわけです」

 平服の男が甲板を足の爪先でこすっていた。オールズは横目で私を見て、葉巻を紙巻き煙草のようにぴくぴく動かした。

「酔っぱらってたのか?」誰に訊くというのでもなく訊いた。

 さっきタオルで頭を拭いていた男が柵のところまで行き、大きな咳払いをしたので、みんながそちらを見た。「砂が入っちまってね」彼はそう言って唾を吐いた。「そこのお友達ほどたっぷりじゃないが」

 制服警官が言った。「酔っていたのかもしれません。すべては雨の中の孤独なパフォーマンス。酔っぱらいのやりそうなことです」

 「酔っぱらってたってことはあり得ない」平服の男は言った。「ハンド・スロットルが途中まで開かれていて、側頭部を何かで殴られている。俺に言わせりゃ、これは殺人だ」

 オールズはタオルの男を見て、「どう思うね?君」

 タオルの男は自慢気に、にやりと笑った。「自殺だね。こちとらには関係のないことだが、まあそちらさんが訊きなすったから自殺と答えたまでのことでさ。まず第一に、そいつは畝でも引くみたいに怖ろしいほど真っ直ぐ桟橋に突っ込んでる。タイヤ痕を見ればはっきり分かることでさあ。保安官の言う通り、雨が止んだ後のことでしょうよ。それからすごい勢いで桟橋にぶつかって柵をきれいに突き破った。そうでなきゃ車はひっくり返ってた。それも何回転もしてね。たいそうなスピードでまともに柵にぶつかってる。ハーフ・スロットルどころの騒ぎじゃない。車が落ちる時、手で引いたんだろう。額の傷もその時ついたのかもしれない」

 オールズは言った。「大した目利きだよ、君は。死体はもう調べたのか?」 彼は保安官代理にきいた。保安官代理は私を見、それから操舵室にもたれかかっているクルーを見た。「いいんだ。後にしよう」オールズは言った。》

 

晴れた朝。リドの白い桟橋近くに上がった黒い車。目に浮かぶような光景だ。ただ、階級や職業の異なる男が何人も登場するので、言葉の遣い方を訳し分ける必要がある。英語自体はシンプルなものだが、日本語でフラットに訳すと誰の発言なのか見当がつかなくなる。使う語彙や、敬語の使用で上下関係を区別するのが、日本語らしい訳文にする秘訣だが、あまりやり過ぎると臭くなるので、注意が必要だ。

 

「潮が半分引く以前なら遠くまで流されていたでしょうし、半分以上引いた後だったら杭近くにいたでしょう」のところは<not more than half tide or she’d have drifted farther, and noto more than half tide going out or she’d have crowded the piles.>である。村上氏から見てみよう。「半潮より水位が高ければ、車はもっと沖合まで運ばれていたでしょう。半潮より水位が低ければ、もっと杭の近くにいたでしょう」と、珍しく簡潔だ。

 

双葉氏は、というと「干潮の中ごろでしょう。中ごろより前とすれば沖へひきずられているはずです。干潮の中ごろより後だとすると防波堤に打ちつけられているはずです」と、こちらは意を尽くして訳している。気になるのは「半潮」という耳慣れない言葉だ。広辞苑で引いても出ていない。電子辞書にはあるのかもしれないが、ネットで検索すると「半潮」は中国語としては使われているようだ。厖大な数の読者を持つ村上氏が採用したことで、今後日本語として認められるかもしれない。

 

ただ、今のところ馴染みのないことはまちがいない。<half tide>という言葉を「干潮の中ごろ」とするか「半潮」という新語を使うかについては悩まなかった。意味さえ分かれば訳し様はあるものだ。スタンダードに「引き潮(Ebb tide)」という名曲がある。<half tide>も、あちらではよく使う言葉なのだろう。日本語にないのがおかしい。因みに「大潮」と「小潮」の間を「中潮」というが、<half tide>の訳語には使えない。「半潮」が使われるようになることはあるだろうか?

 

「オールズは横目で私を見て、葉巻を紙巻き煙草のようにぴくぴく動かした」は<Ohls looked sideways along his eyes at me, and twitched his little cigar like a cigarette.>だ。双葉氏は「オウルズは横目で私を見て、口の葉巻をシガレットみたいに上下に動かした」。村上氏は「オールズは横目でちらっとこちらを見て、その小さな葉巻を紙巻き煙草のように指でつまんだ」。はたして、いまオールズの葉巻は、口の中なのか、指の間なのか?

 

手がかりになりそうなのは、<twitch>だろう。「ぐいと引く」と「(痙攣的に)ぴくぴく動く」の意味がある。双葉氏は後者を採用したのだろう。村上氏は前者と取ったのかもしれない。ただ、口から葉巻を取り出すだけの動きに「ぐいと引く」意味を持つ<twitch>を使うだろうか?文の流れを考えると、一連の動作は顔周辺の動きのように取れそうだ。「オールズは横目で私を見て、彼の葉巻を紙巻き煙草のようにぴくぴく動かした」と訳したのは葉巻の在りかをはっきりさせることのない一種の逃げである。実は、その少し前にオールズは葉巻を口にくわえて上下に動かす動きをしてみせている。一種の癖と考えいいかもしれない。

 

「すべては雨の中の孤独なパフォーマンス。酔っぱらいのやりそうなことです」は<Showing off all alone in the rain. Drunks will do anything.>。双葉氏は「この雨の中を一人ならね。酔っぱらいはなんでもやってのけますよ」。村上氏は「あんな雨の中に一人でいたら、酒を飲みたくなるのもわかる。酔っ払いは何でもやりかねない」だ。双葉氏の訳では、何をしようとしたのかが分からない。村上氏の訳でも同じだ。どうして、両氏とも<Showing off >の持つ「誇示する・見せびらかす・目立ちたがり屋」の意味を採らないのだろう?

 

「ハンド・スロットルが途中まで開かれていて」は<The hand throttle’s set halfway down>。ハンド・スロットルを適当な位置にセットしておくことによって、アクセルから足が離れてもエンジン・ブレーキがかからない。簡易オート・クルーズ・コントロールのようなものだ。この手の殺害方法はミステリでよく使われる手。双葉氏は「手動ブレーキは半分ほどかかっていたし」としているが、それは「ハンド・ブレーキ」で、むしろ、被害者を助けることになる。村上氏は「手動スロットルは半分あたりにセットされ」としている。

 

タオル男の長広舌はなかなか訳しがいのあるところだ。「タイヤ痕を見ればはっきり分かることでさあ」は<You can read his tread marks all the way nearly.>。双葉氏はここを「あれこれ考えてみりゃあわかりますが」としている。<tread marks>を<trademarks>(トレードマーク)とでも読みちがえたのだろうか?村上氏は「それはタイヤの跡を見りゃはっきりわかることさ」と訳している。

 

「たいそうなスピードでまともに柵にぶつかってる。ハーフ・スロットルどころの騒ぎじゃない」は<So he had plenty of speed and hit the rail square. That’s more than half-throttle.>。双葉氏は「真正面からすごい速力で柵に突っこんでる。ブレーキが半分かかっていたなんてはなし(傍点三字)になりませんぜ」とやはりブレーキを使って訳している。村上氏は「だから相当なスピードで、正面から突っ込んだことになる。ハーフ・スロットルじゃそれだけのスピードは出るまい」としている。

 

気になるのは、両氏とも<square>を「(真)正面から」というふうに訳していることだ。これは、方形を意味する<square>からくる「直角に」という訳を採用したのだろう。しかし、長い桟橋を一直線に走っていることはすでに分かっていることだ。ここは角度ではなく、躊躇があったかどうかが語られているのではないだろうか?副詞の<square>には、「まともに、直接に」の意味がある。今風に言うなら「ガチ」とか「マジ」の意味合いではないだろうか。

 

<オールズは言った。「大した目利きだよ、君は。死体はもう調べたのか?」>は<Ohles said. “You got eyes, buddy. Flisked him?”>だが、はじめの言葉はタオル男にかけたもので、後の方は保安官補に向かって言った言葉だ。双葉氏は、ここを<「なかなか目がきくじゃないか」オウルズはタオルの男に言い、そばの保安官補にきいた。「死体は調べたかね?」>と、語順を変えることでうまく処理している。村上氏は<オールズは言った。「鋭い意見だ。ところで死体の持ち物はもう調べたか?」>と、コンパクトな原文に適切な言葉を添えることで意味がよく分かるようにしている。訳者なりの工夫の仕方があるのだ。

『大いなる眠り』註解 第九章(3)

《彼はドアに鍵をかけ、職員用駐車場に降りると、小さなブルーのセダンに乗り込んだ。我々はサイレンを鳴らして信号を無視し、サンセット・ブルバードを駆け抜けた。爽やかな朝だった。人生をシンプルで甘美なものに思わせるに足る活気が漂っていた。もし胸ふさぐものさえなければ。しかし、私にはあった。

 湾岸沿いのハイウェイをリドまで三十マイルほど走った。初めの十マイルは交通量が多かった。オールズはそれを四十五分で走り抜けた。最後は、色褪せたスタッコ塗りのアーチの前に横滑りして止まった。私は床から足を引き剥がし、車の外に出た。アーチから、白い木の柵がついた長い桟橋が海の方に伸びていた。桟橋の尽きるところで人の群れが海の方に身を乗り出していた。アーチの下には別の群衆を桟橋の外に出さないようにオートバイ警官が立っていた。車はハイウェイの両側に停められていた。いつもながらの死体に群がる餓鬼どもだ。男もいれば女もいる。オールズはオートバイ警官にバッジを見せ、我々は桟橋に向かった。昨夜来の豪雨でも消すことができない鼻をつく魚の匂いの中へと。

「あそこにある――動力付きの艀(はしけ)の上だ」オールズが小さい葉巻で指しながら言った。

 低く黒い艀が桟橋の突端の杭にうずくまるように身を寄せていた。タグボートみたいな操舵室がついた甲板の上で何かが朝の陽光に眩しく輝いていた。まだ、引き揚げ用の鎖を巻きつけたままの、クロム部品がついた大きな黒い車だ。ウインチのアームはすでに元の位置に戻され、甲板と同じ高さまで下ろされていた。男たちが車の周りに立っていた。我々は、滑りやすい階段を甲板へと下りていった。

 オールズは緑がかったカーキの制服を着た保安官代理と平服の男に声をかけた。艀のクルーが三人、操舵室の前に寄りかかって噛み煙草を噛んでいた。そのうちの一人は汚れたバスタオルで濡れた髪をこすっていた。チェーンをかけに水の中に入った男なのだろう。

 我々は車を眺めた。フロント・バンパーは曲がり、ヘッドライトが一つ割れていた。もう一方は上の方に曲がってはいたがガラスは割れていなかった。ラジエター・シェルは大きくへこんでいた。車のあらゆる箇所で塗装やメッキに引っ掻き傷がついていた。内装は水を吸って黒ずんでいた。タイヤだけは損傷を免れているようだった。

 運転手はまだステアリング・ポストにもたれかかったままで頭が不自然な角度で肩にかかっていた。細身で黒髪だった。少し前までは美青年で通っていただろうが、今は青白い顔に垂れた瞼の下で眼にかすかな鈍い光を浮かべ、開けた口に砂がつまっていた。額の左側には鈍い打撲の痕があり、白い肌に対して目立っていた。

 オールズは喉を鳴らして後ろに下がり、小さな葉巻にマッチで火をつけた。「どういうことになってるんだ?」

制服を着た男が桟橋の端にいる野次馬を指さした。そのうちの一人が白い木の柵が壊れ、大きく開いた部分を指で触っていた。木の裂け目はきれいな黄色で伐りたての松のようだった。》

 

「爽やかな朝だった。人生をシンプルで甘美なものに思わせるに足る活気が漂っていた。もし胸ふさぐものさえなければ」は、<It was a crisp morning, with just enough snap in the air to make life seem simple and sweet, if you didn’t have too much on your mind.>。このあとに、< I had.>が来る。双葉氏は「さわやかな朝だ。気にかかることがあまりなければ、人生の素朴さと甘美さとをたっぷり味わえる気持のいい空気のにおいだった」と訳している。村上氏は「さわやかな朝だった。人生を単純で甘美なものにしてくれるだけの活気が、空気の中にあった。もし心に重くのしかかるものがなければということだが」だ。

 

空気の中にあったのは<snap>。双葉氏は「におい」と意訳しているが、この言葉にはそんな意味はない。それに、今いるのは車の中だ。片時も葉巻を手から離さない男と一緒にいて、そんなにおいが分かるものだろうか?それにこれは村上氏にも言えることだが、<in the air>を「空気の中に」と文字通り訳してしまうと、オールズの車の中に、その活気があるということになる。窓が開いていれば周りの空気と通い合ってはいるだろうが。ここは「(気配・雰囲気・匂いなどが)漂って」という意味にとりたいところだ。

 

「私は床から足を引き剥がし、車の外に出た」を双葉氏はカットしている。当たり前だと思ったのだろう。その前の部分をどう訳しているかが問題になる。双葉氏は「最初の十マイルは乗物の波だ。オウルズは四十五分ほど車を走らせた」としている。では、その四十五分間のドライブはどんなものだったのだろうか?村上氏の訳を見てみよう。「最初の十五キロ余り、道路は混雑していた。しかしオールズはそこを四十五分で走りきった。その荒っぽいドライブの末」、車は多分盛大に横滑りして止まったのだ。マーロウは車の中でブレーキを踏む代わりに足を床に突っ張っていたはずだ。何気ない一文に、オールズの運転の荒っぽさが表れている。チャンドラーの文章で不要な部分などない。

 

「いつもながらの死体に群がる餓鬼どもだ。男もいれば女もいる」は<the usual ghouls, of both sexes.>。双葉氏は「おきまりの野次馬だ。男も女もだ」。村上氏は「例によって血に飢えた野次馬だ。そこには男女の区別はない」。<ghoul>は「グール」。アラブの民間伝承で、死体を食う怪物。日本語に訳すと「食屍鬼」だが、そう書いても何のことやら分かるまいと思い、馴染みの深い「餓鬼」を使用した。いつも飢えていることと子どもを食べるという説もあるので、単なる「野次馬」より「グール」に近いかと思ってのことだ。因みに女性の「グール」もいて、その場合は「グーラ」と呼ばれる。<the usual ghouls, of both sexes.>にはそういう意味が込められているのだ。

 

「運転手はまだステアリング・ポストにもたれかかったままで頭が不自然な角度で肩にかかっていた」は<The driver was still draped around the steering post with his head at an unnatural angle to his shoulders.>。双葉氏は「運転していた男は頭を不自然な角度で肩のほうにまげた姿勢で、運転席に布をかぶせたまま、放置されていた」と訳しているが、これは誤り。<draped>を「布で覆われた」と解したのだろう。ここは正体をなくしてしなだれかかっている、と読むべきだ。村上氏も「運転していた男はまだハンドルの上にだらりと覆い被さっていた」としている。

 

さらにもう一つ。<dull bruise>「鈍い打撲の痕」を双葉氏は「鈍器でつけられたような擦り傷」としている。<dull>(鈍い)からの連想だろうが、この時点でそこまで書くのは飛躍のし過ぎというものだろう。村上氏は「鈍い色合いの傷跡」としている。皮膚の白さとの比較がその後に来ているところから見て、ここは青あざのような鈍い色が皮膚上に現れた痕と見る方が適切である。