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HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

『アメリカ・ハードボイルド紀行』小鷹信光

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ハードボイルド小説もそれほど読んでいるわけではない。レイモンド・チャンドラーが好きなので、関連すると思われる書物には一応目を通しておきたいという気がある。小鷹氏の著作もその一つで、氏の著作としては二冊目である。

チャンドラーマーロウ物TVシリーズDVDの「ライナー・ノーツ」(懐かしい!)を頼まれて原台本やら日本語字幕、全11巻の映像のチェックをした際に気がついたことを紹介した章以外にはマーロウ関連の文章はない。アメリカに関する雑誌等の蒐集家でもあるらしく、パルプマガジンやメンズマガジンを詳細に紹介している章や、ダシール・ハメットジェイムズ・クラムリーら自分が翻訳した作家について触れた章がつづく。

四部構成で、第一部「映画の旅、雑誌の旅」、第二部「ハメットと五十年」、第三部「ロード・ノヴェルの軌跡」と続き、最後の第四部が「失われたハイウェイ」。もちろん題名にある「紀行」は、ハードボイルド小説とともに歩いてきた長い道のりを意味するものでもあるわけだが、この第四部は副題にある通り、アメリカハイウェイについて語っている部分で、実は意外にここが面白かった。

コレクターというものの性なのか、小鷹氏はアメリカに関するものなら何でも集めたくなるそうだが、近頃凝っているのが古い絵葉書蒐集。なかでも「メインストリート」を撮ったものが特にお気に入りらしい。つまり、西部の町の両側に店が並び中央の一点に消失点がある、あのおなじみの構図である。掘り出し物の絵葉書を見つけた話や、昔の絵葉書にある町並みと今の町並みを比べる“Now and Then”やら、古いロードマップを頼りに、アメリカの田舎町を訪ねる旅は楽しそうだ。

ルート66」という60年代に流行ったTVドラマがある。昔何度か見た記憶があるが、ずっとジョージ・マハリスはルート66を走っているも のとばかり信じて疑わなかった。実はとんでもないまちがいでロケ撮影は全米でロケをしていながら、66号線とは関係のない町で撮影していたことをこの本で はじめて知った。

若者二人がコルベットアメリカハイウェイを 駈け抜ける話と紹介され、記憶にもそんなふうに残っていたが、当時マハリスは三十代。一話ずつ見ていくとけっこう深刻なテーマが扱われていたらしい。人の 記憶のいい加減なことがよく分かる。全作品をチェックした氏のような人がいてくれるおかげで潜入感というものの恐ろしさに気づかされる。

写真資料も多く、「古き良きアメリカ」を愛する人には楽しい読み物になっている。ただ、「ルート66」が象徴しているように、我々が思い描いている「古き良きアメリカ」が幻想であることもまた真実である。現地で出会った人々とのやりとりの中にアメリカの持つ問題点も滲ませ、ほろ苦い味わいも持つ。

冒頭にアリゾナその他の砂漠で行われた核実験の話が置かれている。氏に限らずアメリカに憧れ、その文化に影響を受けてきた日本人は多いだろう。西部劇しかり、ハードボイルドしかり。しかし、そのアメリカと現実のアメリカの落差はあまりに大きいと言わざるを得ない。自分の中にあるアメリカに対する二律背反する心理をあらためて思い知らされた。