HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

2017-06-01から1ヶ月間の記事一覧

『大いなる眠り』註解 第九章(1)

《翌朝はからりと晴れて明るかった。目を覚ますと、口の中に路面電車運転士の手袋が詰まっていた。私はコーヒーを二杯飲み、二社の朝刊に目を通した。アーサー・グイン・ガイガー氏に関する記事はどちらにも見つからなかった。しわをとろうと湿ったスーツを…

『大いなる眠り』註解 第八章(4)

《それは警官ではなかった。警官なら今頃まだここで、死体の場所を示す紐やチョーク、カメラ、指紋採取用粉末、安葉巻などを手に動き回っている最中だ。人っ子一人いないではないか。殺人犯でもない。彼の逃げ足は速かった。彼は娘を見たにちがいないが、自…

『大いなる眠り』註解 第八章(3)

《急いで歩いたので半時間をいくらか過ぎたくらいでガイガーの家に到着した。そこには誰もいなかった。隣の家の前に停めた私の車以外、通りに一台の車もなかった。車はまるで迷子の犬のようにしょんぼりしていた。私はライ・ウィスキーの瓶を引っ張り出して…

『大いなる眠り』註解 第八章(2)

《雨が降りしきるカーブした通りをうねうねと十ブロックほど下っていった。樹々から小止みなく滴り落ちるしずくの下を抜け、薄気味悪いほど広大な敷地に建ついくつかの豪壮な邸宅の窓に灯りが差す前を通り過ぎた。軒やら破風やら窓灯りやらのぼんやりとした…

『大いなる眠り』註解 第八章(1)

《スターンウッド邸の通用口には鉛枠のついた細い窓があり、その向こうに薄暗い灯りが見えた。パッカードを車寄せの屋根の下に停め、ポケットの中の物をすべてシートの上に出した。娘は隅でいびきをかいていた。帽子は洒落て傾げたように鼻にかかり、両手は…

『大いなる眠り』註解 第七章(8)

《私は部屋の裏にある廊下に入って家の中を調べた。右側に浴室が、背面に鍵のかかったドアと台所があった。台所の窓はこじ開けられていた。網戸はどこかに消えており、留め金が引き抜かれた痕が見えていた。裏口のドアは鍵が掛かっていなかった。それは放っ…

『大いなる眠り』註解 第七章(7)

《我々は少し歩いた。時には彼女のイヤリングが私の胸にぶつかったり、時にはアダージョを踊るダンサーたちのように息が合った開脚を見せたりしながら。我々はガイガーの死体のところまで行って戻ってきた。私は彼女に彼を見せた。彼女は彼が格好つけてると…

『大いなる眠り』註解 第七章(6)

《私は雨が屋根と北側の窓を打つ音を聞いていた。その外に何の音もなかった。車の音も、サイレンもなく、ただ雨音のみ。私は長椅子のところへ行き、トレンチコートを脱ぎ、娘の服をかき集めた。淡緑色のざっくりとしたウールのドレスがあった。半袖で上から…

『大いなる眠り』註解 第七章(5)

《閃光電球が私の見た稲光の正体だった。狂ったような叫び声は麻薬中毒の裸娘がそれに反応したものだ。三発の銃声は事の成り行きに新しい捻りを加えようとして誰かが思いついたのだろう。裏階段を降り、乱暴に車に乗り込み、大急ぎで走り去った男の思いつき…

『大いなる眠り』註解 第七章(4)

《私は彼女を見るのをやめてガイガーを見た。彼は中国緞通の縁の向こうに、仰向けに倒れていた。トーテムポールのような物の前だ。鷲のような横顔の、大きな丸い眼がカメラのレンズになっていた。レンズは椅子の上の裸の娘に向けられていた。トーテムポール…

『大いなる眠り』註解 第七章(3)

《彼女は美しい体をしていた。小さくしなやかで、硬く引き締まり、丸みをおびていた。肌はランプの光を浴び、かすかに真珠色の光沢を浮かべていた。脚はミセス・リーガンのようなけばけばしい優美さにはあと一歩及ばないが、とても素敵だった。私は後ろめた…