HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

The Lady in the Lake

『湖中の女を訳す』第十八章(2)

<touch>は、「殺し」の合言葉 【訳文】 彼女は少しばかり考えていた。途中で一度ちらっと私の方を見て、また目をそらした。「ミセス・アルモアに会ったのは二度だけ」彼女はゆっくり言った。「でも、あなたの質問には答えられると思う――すべてね。最後に会…

『湖中の女を訳す』第十八章(1)

<Come and see my etchings>は「ちょっと家に寄らないか」という誘い文句 【訳文】 アスレティック・クラブは、通りをはさんだ四つ辻の角にあった。トレロア・ビルディングから半ブロックほど行ったところだ。私は通りを北に横切って入口に向かった。以前…

『湖中の女を訳す』第十七章(2)

香水についても詳しくないと、私立探偵はつとまらない。 【訳文】 「ろくでなしめ」彼は声を低くした。「あいつはあれを見限ったんだろう」「そいつはどうかな」私は言った。「あなたにとっては動機が不充分だったんじゃ、文明人だからという理由でね。でも…

『湖中の女を訳す』第十七章(1)

< in a nice way>は「いい意味で」 【訳文】 アスレティック・クラブのベルボーイは三分後に戻ってきて、一緒に来るようにうなずいた。四階まで上がり、角を曲がったところで半開きのドアを私に示した。「左に折れたところです。できるだけお静かに。何人…

『湖中の女を訳す』第十六章

<ingenuous>は「純真な」という意味。まさか<genius>との誤読? 【訳文】 階下の廊下は両端にドアがあり、中ほどにもドアが二つ並んでいた。一つはリネン・クローゼットで、もう一つには鍵がかかっていた。突き当たりまで行って予備の寝室を覗いてみると…

『湖中の女』を訳す 第十五章(2)

<knee crack>は膝の立てる間接音のこと 【訳文】 銃を取ろうと手を伸ばしたが、私の手は卵の殻のようにこわばって、今にも壊れてしまいそうだった。私は銃を受け取った。女はさも嫌そうに銃把に巻きついていた手袋の臭いを嗅いだ。そして、それまでと同じ…

『湖中の女』を訳す 第十五章(1)

<the dickens>は<the devil>と同じで「一体全体、どうして」 【訳文】 アルテア・ストリートの交差点を過ぎて交差道路に入り、渓谷の端で行き止まりになっている、歩道と白い木の柵に囲まれた半円形の駐車場に行き着いた。しばらくの間、車の中に座り、…

『湖中の女』を訳す 第十四章

<sit across the room from someone>は「向かい合って座る」とは限らない 【訳文】 冷え冷えとした緑色の水底で腕に死体を抱いている夢を見た。死体の長い金髪が私の目の前を漂い続けている。目が飛び出し、体が膨れ、腐った鱗がぬらぬら光る巨大な魚が、…

『湖中の女』を訳す 第十三章(2)

<tight>も<mean>も、金がからむと、少々意味が下卑る 【訳文】 男はほとんど踊るように入ってきて、かすかに薄笑いを浮かべながら私を見て立っていた。「飲むかい?」「ああ」彼は冷ややかに言った。自分でたっぷりとウィスキーを注ぎ、ちょっぴりジンジ…

『湖中の女』を訳す 第十三章(1)

<drink of water>は「飲料水」ではなく「長身で痩せた男」 【訳文】 十一時頃、平地に降りてきて、サン・バーナーディーノのプレスコットホテルの脇にある斜めに区切られた駐車場の一つに車を停めた。トランクからオーバーナイトバッグを取り出し、三歩ほ…

『湖中の女』を訳す 第十二章(2)

<ponderous>は「大きくて重い、動作がのっそりしている」 【訳文】 オフィスにたどり着いたら パットンは電話中で、ドアには錠が下りていた。話しが済むまで待たなければならなかった。しばらくすると電話を切り、錠を開けてくれた。 私は彼の脇を通り過ぎ…

『湖中の女』を訳す 第十二章(1)

<tissue paper>は「薄葉紙」。「ティッシュペーパー」ではない。 【訳文】 ゲートから三百ヤードほどのところで、去年の秋に落ちたオークの枯れ葉に覆われた細い小径が、大きな花崗岩の丸石の周りを回って消えていた。その道をたどって、露頭の石に沿って…

『湖中の女』を訳す 第十一章(3)

<feel bad>は「不愉快」ではなく「同情する、気の毒に思う」 【訳文】 「その女には会ったことがない」私は言った。「だから、何をするか見当もつかない。ビルは一年ほど前にリヴァーサイドのどこかで出会ったと言っていたが、それまでに長く込み入った物…

『湖中の女』を訳す 第十一章(2)

パットンが帽子をとって髪をくしゃくしゃにするのは考え事をする時だ 【訳文】 パットンは立ち上がり、小屋のドアの鍵を開けた。香ばしい松の匂いが部屋中に流れ込んできた。彼は外にぺっと吐き、また腰を下ろして、ステットソンの下のくすんだ茶色の髪をく…

『湖中の女』を訳す 第十一章(1)

<the back>は「(椅子)の背」の部分。自分の背なら<on my back>だ 【訳文】 私道を塞ぐゲートには南京錠がかかっていた。二本の松の木の間にクライスラーを押込み、ゲートをよじ登って、忍び足で道の縁を歩いた。突然、足下に小さな湖の光が微かにきら…

『湖中の女』を訳す 第十章

<across the road>は「道を横切る」ではなく「道路の向こう側」 【訳文】 革製の犬の首輪をつけた、人馴れた牝鹿が目の前の道路の向こう側をうろついていた。その首筋のざらついた毛を軽く撫でてやり、電話局の中に入った。小さな机に向かって帳簿の整理を…

『湖中の女』を訳す 第九章(2)

<open up>には「(店を)開店する」という意味がある 【訳文】 私は横目で彼女を見た。ふわっとふくらませた茶色の髪の下から、思慮深げな黒い瞳がこちらを見ていた。夕闇がとてもゆっくりと迫りつつあった。それはほんのわずかな光の質の変化に過ぎなかっ…

『湖中の女』を訳す 第九章(1)

<politician>は「政治家」ではなく、「政治屋」のことだ。 【訳文】 インディアンヘッド・ホテルは新しくできたダンスホールの向かいにある、通りの角の褐色の建物だ。​その前に車を停め、トイレで顔と手を洗い、髪にからんだ松葉を櫛で梳きとってから、ロ…

『湖中の女』を訳す 第八章(2)

いったいビル・チェスはいつの間に腰を下ろしたのだろう? 【訳文】 「お巡りらしい言い草だ」ビル・チェスは吐き捨てるように言い、ズボンを穿き、また腰を下ろして靴を履き、シャツを羽織った。身支度を終えると、立ち上がって瓶に手を伸ばしてたっぷり飲…

『湖中の女』を訳す 第八章(1)

<a batch of mud pies>は「マッド・パイ一窯分」 【訳文】 彼は停車場から道路を隔てた向かい側の白い木造家屋の前で車を止めた。建物の中に入って、すぐ一人の男と出てきた。男は手斧とロープと一緒に後部座席に乗った。公用車が通りを戻って来たので、そ…

『湖中の女』を訳す 第七章

「脂肪は、ほんのご愛嬌だ」は<The fat was just cheerfulness> 【訳文】 板張りの小屋の窓越しに、片端に埃だらけのフォルダーが積まれたカウンターが見えた。ドアの上半分を占めるガラスに、黒い塗料で書かれた文字が剥げかけている。「警察署長。消防署…

『湖中の女を訳す』第六章(3)

<green stone>は「緑色の石」ではなく「翡翠」の一種 【訳文】 すぐ横で激しい動きがあり、ビル・チェスが言った。「あれを見ろ!」山で聞く雷鳴のようなうなり声だ。 硬い指が腹が立つほど私の腕に食い込んだ。彼は手すりから大きく身を乗り出し、呆けた…

『湖中の女を訳す』第六章(1)

<brighten up>は「~を明るくする」から「機嫌を直す、元気づける」 【訳文】 我々は湖岸へと続く斜面を下り、狭い堰堤の上に出た。ビル・チェスは、鉄の支柱に取り付けられた手すりのロープをつかみながら、強張った足を振るようにして私の前を歩いた。ひ…

『湖中の女を訳す』第五章(4)

三度繰り返される<get away with>をどう扱うか? 【訳文】 話が途切れた。言葉は宙を漂い、やがてゆっくり落ちて、あとには沈黙が残った。彼は身を屈めて岩の上の瓶を手に取り、じっと凝視めた。心の中で瓶と戦っているようだった。ウィスキーが勝った。い…

『湖中の女を訳す』第五章(3)

<in a lance of light>(光の槍の中に)は何の比喩だろう? 【訳文】 私は瓶の金属キャップを捻り切り、相手のグラスにたっぷりと、自分のグラスには軽く注いだ。我々はグラスを合わせ、そして飲んだ。彼は酒を舌の上で転がし、微かな陽射しのようにわびし…

『湖中の女を訳す』第五章(2)

<full of knuckles>を「一発」に減らすのは、非暴力主義? 【訳文】 私は立ち上がり、ポケットからキングズリーの紹介状を取り出して男に手渡した。男は眉根を寄せてそれを見たが、それから足音高く小屋に戻り眼鏡を鼻にのせて戻ってきた。そして注意深く…

『湖中の女』を訳す 第五章(1)

どうして<a high granite outcrop>を複数扱いしたのだろう 【訳文】 サン・バーナディーノは午後の熱気で焼かれ、ぎらぎらと揺らめいていた。空気は舌に火ぶくれができそうなほど熱かった。喘ぎながらそこを通り抜ける途中、一パイント瓶を買う間だけ車を…

『湖中の女』を訳す 第四章(2)

<Nervous Nellie>を「ビビリのビリー」と訳してみた 【訳文】 私はアルモア医師に注意を戻した。今は電話に出ていたが、口は動かさず、受話器を耳にあて、煙草を吸いながら、待っていた。それから、相手の声が戻ってきたとき誰もがするように、身を乗り出…

『湖中の女』を訳す 第四章(1)

屋根の<tiles>は「タイル」じゃなくて「瓦」だろう。 【訳文】 横長の、奥行きのない家で、薔薇色の化粧漆喰仕上げの壁がほどよくパステル調に色褪せ、窓枠はくすんだ緑色で縁どられていた。屋根は緑の瓦葺きで、肌理の粗い丸瓦だ。正面壁を刳った奥に、色…

『湖中の女』を訳す 第三章(4)

<the veneer peel off>を「化けの皮がはげる」と訳すのはうまい。 【訳文】 彼は煙草の灰をテーブルのガラス天板の上に慎重に落とした。そして、上目づかいにちらっと私を見て、すぐに目をそらした。「待ちぼうけを食わせたんだ」彼はゆっくり言った。「俺…