HARD BOILED CAFE

ハードボイルド探偵小説に関する本の紹介。チャンドラーの翻訳にまつわるエッセイ等。

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第37章(2)

<Sometimes a guy has to>は「男はつらいよ」 【訳文】 彼は奇妙な表情を浮かべながら目を背けたが、そこの光では読み取れなかった。私は彼の後について、箱や樽の間を抜け、ドアについた高い鉄の敷居を乗り越え、船の臭いのする長く薄暗い通路へと入って…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第37章(1)

<to make a splash>は「水しぶきを上げる」ではなく「大評判をとる」 【訳文】 回転するサーチライトは 霧を纏った青白い指で、船の百フィートかそこら先の波をかろうじて掠めていた。体裁だけのことだろう。とりわけ宵の口のこの時刻とあっては。賭博船の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第36章(2)

<get done with>は「(仕事等を)片付ける」という意味。 【訳文】 「連中の思惑は分かる」レッドは言った。「警官の問題は、頭が足りないとか、腐りきってるとか、荒っぽいとか、そんなことじゃない。警官になれば今まで手にしたことがない何かが手に入る…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第36章(1)

波に、親しい波と「よそよそしい波」があるものだろうか? 【訳文】 街灯の列が遠ざかり、小さな遊覧車の立てる音や警笛が遠くなり、揚げ油とポップコーンの匂いが消え、子どもの甲高い声と覗きショーの呼び声も聞こえなくなると、その先には海の匂い、突然…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第35章(3)

<One way?>と尋ねたのは、レッドか、マーロウか? 【訳文】 微かな微笑みは顔に留まっていた。立て続けに三回ビンゴが出た。この店のサクラは仕事が速かった。男は背が高く、鷲鼻で土気色の頬はこけ、皺の寄ったスーツを着ていた。私たちのそばに歩み寄り、…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第35章(2)

<I wouldn't be surprised>が「楽しそうだ」になるのが村上流。 【訳文】 いかつい赤毛の大男が、凭れていた手すりから身を起こし、無雑作に体をぶつけてきた。汚れたスニーカーに、タールまみれのズボン、破れた青い船員用ジャージの残骸に身を包み、頬に…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第35章(1)

<gangster mouth>だが、「やくざっぽい口元」とはどういうものか? 【訳文】 《二十五セントにしては長い航海だった。古いランチを塗り直し、全長の四分の三にガラスを張った水上タクシーは、碇を下ろしたヨットの間を通り抜け、防波堤の端に広く積み上げた…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第34章(2)

<Play the hunch>は「直感で行動する」の意味だ。さてどう訳す? 【訳文】 《私がその男を見つけたのは白いバーベキュー・スタンドだった。長いフォークでウィンナーを突っついていた。まだ春先だというのに彼の商売は繁盛しているようだ。彼の手が空くま…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第34章(1)

<disappear into~>は「~の中に紛れ込む」(姿を消す)。 【訳文】 《海沿いのホテルのベッドに仰向けに寝ころび、暗くなるのを待った。海に面した小さな部屋でベッドは硬く、マットレスはそれを覆っている木綿の毛布より少しだけ厚かった。スプリングが…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第33章(3)

<out on the water>が「海に浮かんだ」? 船が海に浮かずにどうする 【訳文】 《「あいつはマリファナ煙草をさばいてるとばっかり思ってた」彼は忌々しそうに言った。「それなりの後ろ盾を得てな。しかしあんなのは三下の小遣い稼ぎだ。何程にもならん」「…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第33章(2)

<I was just telling you>は「だから言ったじゃないか」 【訳文】 《ヘミングウェイはハンドルから手を放し、窓から唾を吐いた。「なかなか素敵な通りだと思わないか? 快適な家、きれいな庭、住みよい気候。あんたも悪徳警官についていろんなことを聞いて…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第33章(1)

<chew ~ over>は「~についてじっくり考える」 【訳文】 《車はひっそりとした住宅街に沿って静かに走っていった。両側からアーチ状に枝を伸ばした胡椒木が頭上で出会い、緑のトンネルを作っていた。高い枝と細く薄い葉を透いて陽の光がきらきら光った。…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(3)

<drink to ~>は「互いに見つめ合う」のではなく「~に乾杯する」 【訳文】 《彼は酒を飲みながら思い煩っているように見えた。ぐずぐずと、何やら考え深げにカルダモンの鞘を割った。我々はたがいの青い瞳に乾杯した。残念なことに、署長はボトルとグラス…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(2)

<pay my own way>は「自活する」という意味 【訳文】 《ワックス署長は机の上でとても静かに手を叩いた。眼はほとんど閉じていたが、完全に閉じてはいなかった。厚いまぶたの間から、冷たい眼光が私を見据えて輝きを放っていた。彼は身じろぎもせずじっと…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(1)

< hull down>は「マスト上部だけを水平線から出して偵察する」戦術 【訳文】 《繁栄している街の割には安っぽい見かけの建物だった。聖書地帯(バイブル・ベルト)から抜け出してきたかのようだ。正面の芝生―今では大半が行儀芝だ―が通りに落ちないように…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第31章(2)

<out of one's hands>は「自分の管轄外で」 【訳文】 《彼は机越しにゆっくりと身を乗り出した。落ち着きのない細い指がトントンと机を叩いていた。ミセス・ジェシー・フロリアンの家の玄関の壁を叩いていたポインセチアのように。柔らかな銀髪はつやつや…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第31章(1)

<so much for>は「~はそんなところ」という意味。 【訳文】 《ピンクの頭とピンクの斑点を持つ艶のある黒い虫がよく磨かれたランドールの机の上をゆっくりと這い回り、まるで離陸のための風をテストするかのように、一対の触手を振り回した。持ちきれない…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第30章(3)

「隙間」などでなくドアは<it stayed open>の状態なのだ。 【訳文】 《彼は裏口のステップを二段上り、ドアの隙間に器用にナイフの刃を差し込み、フックを持ち上げた。それでポーチの網戸の中に入れた。そこは空き缶だらけで、いくつかの缶には蠅がいっぱ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第30章(2)

<throw ~over someone’s head>は「頭に~をかぶせる」 【訳文】 《玄関ドアの郵便受けに何かが押し込まれる音だった。チラシだったかもしれない。だが、そうではなかった。足音は玄関から歩道に戻り、それから通り沿いに歩いていった。ランドールはまた窓…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第30章(1)

<just to give you an idea>は「ご参考までに申し上げると」 【訳文】 《詮索好きな婆さんは玄関ドアから一インチほど鼻を突き出し、早咲きの菫の匂いでも嗅ぐようにくんくんさせ、通りをくまなく見渡してから、白髪頭で肯いた。ランドールと私は帽子を取…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(4)

<try to pull something>は「何か(悪いことを)企む」。 【訳文】 《「言わなければいけないことがある」私は言った。「昨夜はあんまり頭に来たんで、正気のさたとも思えないが、一人でそこを急襲してやろうと考えたんだ。ベイ・シティの二十三番とデスカ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(3)

<here's how it works>は「仕組みはこうだ」。 【訳文】 《ランドールは無表情に私を見つめた。彼のスプーンは空っぽのカップの中の空気をかき混ぜていた。私が手を伸ばすと、彼はポットを手で制した。「その先を聞かせてくれ」彼は言った。「連中は彼を使…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(2)

<smooth shiny girls>は「練れた、派手な女」でいいのだろうか? 【訳文】 《「いいスーツを着ているな」 彼の顔がまた赤くなった。「このスーツの値段は二十七ドル五十セントだ」彼は噛みつくように言った。「なんとも感じやすい警官だな」私は言って、レ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(1)

ドア越しに相手に投げるのは、キスだけじゃない。 【訳文】 《パジャマ姿でベッドの脇に座りながら、起きようかと考えていたが、まだその気になれなかった。気分爽快とまではいえないが、思っていたよりましだ。サラリーマンだったら、と思うほど気分は悪く…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第28章(2)

階と階とをつなぐ階段は<stairs>。戸口から地面に通じる階段は<steps>。 【訳文】 《彼女はグラスを持って帰ってきた。冷たいグラスを持ったせいで私の指に触る彼女の指まで冷たくなっていた。私はしばらくその指を握り、それからゆっくり放した。顔に陽…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第28章(1)

「胃」がバントをするなんて聞いたことがない。 【訳文】 《居間には淡い茶色の模様入りのラグ、白と薔薇色の椅子、高い真鍮の薪のせ台のついた黒大理石の暖炉があった。壁には造りつけの背の高い書棚、閉めたベネチアンブラインドの前にはざっくりした地の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第27章(2)

「怪物博士」とは、ボリス・カーロフの知名度も落ちたものだ。 【訳文】 「ここを出たら、すぐに逮捕される」彼は厳しく言った。「君は警察官によって正式に収監されたんだ―」「警察官にそんなことはできない」 それは彼を動揺させた。黄色味を帯びた顔に変…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第27章(1)

ものをいうとき舌を外に出すだろうか? 【訳文】 《そこは診察室だった。狭くもなく、広くもない、簡便で実務的な作りだ。ガラス扉の中に本がぎっしりつまった書架。壁には応急処置用の薬品棚。消毒のすんだ注射針と注射器がずらりと並ぶ、白いエナメルとガ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第26章

―訳者には自分の解釈を読者に押しつける権利などない― 【訳文】 《クローゼットの扉には鍵がかかっていた。椅子は持ち上げるには重すぎた。がっしりしているのは訳があったのだ。シーツとベッドパッドを剥ぎとり、マットレスを片側に引っ張った。下は網状の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第25章(2)

「バラの葉」と「薔薇の花弁」どちらが美しいベッドの材料になる? 【訳文】 《私は酔っぱらいのようによろよろと歩き出した。二つの格子窓の間、小さな白いエナメルのテーブルの上にウィスキーの瓶があった。いい形をしていた。半分以上残っている。私はそ…